報告:女騎士団長は馬鹿である
報告:第七騎士団、凱旋せり
大歓声が俺たちを出迎える。団員達は何事かと互いを見合っていた。しかし聞こえてくる歓声に、その民衆が自分たちを出迎えていることに気付き始めたのだろう。徐々にうれしそうに民衆に手を振り始めた。
「クローディーヌ様だ!」
「やはり英雄の娘だ。我らを守ってくださった」
クローディーヌは馬にまたがり先頭を進みながら、どこか戸惑った様子であった。
「ほら、団長殿。手をふりかえしてください」
「えっ?」
「いいから。ほら」
俺が半ば強引に進める形で、クローディーヌは民衆に手を振る。その様子に民衆のボルテージは最高潮になった。
(しかしマリーの奴、よくぞここまで焚きつけたもんだ)
俺は群衆の中に埋もれている小さな女性を探す。ぴょこぴょこ跳ねた頭をみつけ俺は小さく手をふっておいた。
(とりあえずこれで、ひとまずの首はつながっただろう)
これっきりだ。もうこんな出しゃばったことはしたくない。
俺は心の底からそう思いながら、先の戦闘を振り返った。
クローディーヌの強大な秘術により、戦場に一時静寂がおとずれる。しかし足を止めている余裕など此方にはなかった。
「上出来です。団長、あとは退きましょう」
俺は戦利品として青竜刀を拾いながら、敵の大将を討ち呆けているクローディーヌの肩を叩く。
「えっ、あ、はい」
「全軍撤退!ドロテ隊は後退を支援しろ!」
後方からの支援秘術を受けながら、第七騎士団は退却していく。途中追いかけてこようとする東和人兵も何人かいたが、その多くは遠距離秘術により狙い撃ちにされていった。
(まあ指揮官がやられ、統率もとれないのに追撃ができるわけがない。それに馬もほとんどどっか行っちまったから、走って追いかけなきゃいけないんだ。ここで追撃命令なんてだしてくれたらもうちょい戦果が増えるが……)
俺はあらかじめ決めておいた退路へと向かいながら様子を伺う。ドロテ隊及び他の部隊には事前に説明してあるので備えは十分である。戦闘は離脱するまで終わらない。
「全軍!下がれ!」
大きな鐘の音とともに東和人の指揮官らしき男が声を上げる。あれは銅鑼だったか?独特な音が鳴る鐘だ。
(東和人が退いていく。成る程、あながち馬鹿でもないらしい)
「副長殿」
斥候に出していた団員が近寄ってくる。
「森の東側より部隊が集結しているとのこと。おそらく後方の偵察隊を事前に近くにまで寄せていたのかと」
「なるほど。欲をかいて攻めていたらこっちが逆にやられていたってわけね」
俺は後退しながら相手陣営を見る。先程隊長に代わり指揮をとった男がまっすぐこちらを見つめていた。
(げっ。こっち見てるし。それに嫌だな。見るからに有能そうだ)
俺はすぐに顔を背け一目散に退路を進んでいく。やることはやったんだ。目標達成後は欲張らないことが戦闘の基本である。
(しかしこれはほんの一時的な戦闘に過ぎない。お互い先鋒隊をぶつけただけだ。それに前線指揮官があの男に代わるとなると……これからは苦労しそうだな)
まあそんなことは知ったことではない。俺たちが次にお呼ばれすることはないだろう。あったとしてもしばらく先だ。そしてその頃には大局も決まっているだろう。
王国のほこる騎士団がいくらなんでも東和人に負けはしまい。秘術、剣術、地の利に加えて圧倒的な戦力差がある。東の大地では無敵かもしれないが、戦闘は防衛側が圧倒的に有利なのだ。
(まあこれでこの戦闘の勲功第四位ぐらいに選ばれれば、俺も次の異動では少なからず出世できるだろう。そしてまた内地に戻れるに違いない)
俺はそんな皮算用をしながら、足を進める。敵は追ってこない。願ったり叶ったりである。
しかしこの時もっと戦力を削っておくべきだったと後悔することになるとは、当時の俺は思いもしなかったのであった。
「クローディーヌ様!」
「よくぞお戻りに!」
クローディーヌがどこか照れくさそうに手を振り返す。英雄の娘でありながら、その振る舞いはどこかぎこちない。まあこれまで禄に勝ったことがないのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。
しかしそんなぎこちなさがかえって奥ゆかしくも見えたのだろう。民衆からの歓声は止むことを知らなかった。
(しかし二度とこんな危ない橋は渡りたくないもんだね)
俺は後ろを振り返り、部隊の様子を見る。馬にまたがり、捕虜を連れて帰るその姿はまさしく凱旋だろう。もっともその馬は相手方から奪ってきたものであるが。
(追ってくるようなら捕虜交換を理由に見逃してもらおうかと思ったが……まるで追ってくる気配がなかったな)
東和人が薄情なのか、それとも指揮官が判断した結果なのか。いずれかは分からない。しかし追ってこないのはありがたい。こちらはゆっくりと後退できるし、捕虜を持ち帰ればそれだけ戦果としてアピールできる。上層部の連中も、処分はできないだろう。
ただ大局的に見てどうかは別だ。東和人の消耗は小さくはないが、致命的でもない。それに捕虜だって次の戦いでこちら側に捕虜が出れば交換せざるを得なくなる。そうすれば損害は返ってくる。
俺たちの立場は置いておき、大局的に見るのであれば捕虜につられて追ってきたところをさらに攻撃した方がいいという考え方もある。まあ俺は絶対そんなことをしようとは思わないが。何せ俺たちにメリットがない。
(俺たちとしてみれば捕虜のおかげで民衆にもいいアピールができた。これだけ集めてくれたマリーには頭が上がらないな)
彼女がどうやったかは分からない。ただ俺が彼女に伝えたのは、『わずかな兵で立ち向かうクローディーヌという構図を広めてくれ』ということである。しかし彼女は俺の予想をはるかに超えた仕事をしてくれた。
団員達もどこかうれしそうに手を振っている。俺もこんな風に民衆に囲まれるのは嫌いではない。もっともそのために戦場に出向くかと聞かれれば、迷わず否定するが。
(マリーへの埋め合わせ、どうしたものかな)
そんなことを考えながら馬を進めていく。上層部が如何に腐っていても、クローディーヌの人気は無視できない。今回の戦闘で一躍人気になっただろう。それだけがこの騎士団の支えだった。
(まあこれを機にこれ以上戦果を出させられないと前線から離してくれれば、願ったり叶ったりなんだがな)
俺はそんな風な皮算用をしながら気持ちのいい歓声を浴びていく。
しかし皮算用は所詮皮算用。絵に描いたなんとやらである。
次の戦場は俺が思った以上に近く、そんなことを当時の俺はやはり予想などしていなかったのだった。
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