報告:女騎士団長は馬鹿である
報告:どんなに醜くてもゴマすりは必要な処世術である
「ふーん。アルベール・グラニエ、26歳。16で士官学校を卒業後、支援部や諜報部、……作戦司令部にもいたことがあるのね」
「ええ。まあ作戦司令部は基本的には下っ端業務ですが」
「それが26で騎士団の副長とは……ずいぶんな出世ね」
この女、クソムカつく。俺の心は笑顔を作る度にその考えで支配されていった。
そもそもあの馬鹿みたい強力な秘術を俺に撃ち込んでおいてなんの謝罪もない。そりゃ着替え中に入られ、つい咄嗟に反応したことは百歩譲って許そう。だが基本的に非があるのは向こうのはずだ。彼女が謝ってしかるべきである。
(というか、22で騎士団長になっているあんたに言われたくはないんだけど)
俺はそう思いながらメイドのリュシーさんがいれてくれた紅茶を口に含んだ。美味い。
しかしそうは言うものの、このクローディーヌ嬢と俺とではかなり事情が違っている。
彼女は先の大戦の英雄の一人娘だ。それだけでそもそもの地位が違う。王国において社会的地位は非常に重要だ。能力が無くても、貴族層のぼっちゃんはある程度出世できる。
それに加えて遺伝はある程度受け継がれるようでもある。彼女自身、父親の才能をいかんなく受け継いでいた。士官学校では12歳にして敵なし。噂では教官三人が束になっても勝てなかったという話だ。
「ちょっと!聞いてるの?」
「はっ!聞いております!」
俺は背筋を伸ばし、返事をする。彼女の話は要領を得ないし、何か意味があるとも思えなかった。
(まあ、要するに不満があるってことだな)
自分の副官が現場経験もない後方勤務の人間。それも若いしなんの実績もない人間なのだ。それは不満の一つも言いたくなる。俺だって言いたい。
「まあ、いいわ。これから騎士団の皆に会いに兵営に行く予定だったし。ついでに貴方も紹介するわ」
(ついで……ねえ)
俺は「はい!光栄であります!」と元気よく返事をする。彼女は既に此方の方を向いてはおらず、興味なさげに俺の書類をめくっていた。
(まあ、慣れたもんだ)
俺はいつも通り、何もやることは変わらない。後方だろうと前線だろうと。ゴマをすり、こびへつらう。競争や危機意識の欠如した組織においてはそれが全てであった。
この王国軍全体を蝕む緩んだ空気に、俺は毎度の事ながら吐きそうであった。
「紹介するわ。アルベール・グラニエ。新しく入った副長よ」
「アルベール・グラニエであります。全力を尽くして働く所存であります。宜しくお願いします!」
俺は元気よく騎士団所属の兵士達に挨拶する。皆が皆、気だるそうに俺の方を見ており、一番前で拍手をしてくれている少女以外は誰も彼も無反応であった。
(しかし少ないな。隊長クラスが3人ほどいるとは聞いていたが、そもそもその配下がそれぞれ100人もいないんじゃないか?)
基本的にどの騎士団も一般兵卒まで合わせれば1000人近くいる。大きい騎士団は5000人規模で兵士を従えている。にもかかわらずこの騎士団の総数は、どんなに多く見積もっても300人程度であった。
「この騎士団の隊長3人……今は一人出ていて二人だけど、先に二人を紹介するわね」
そう言ってクローディーヌは二人の隊長を紹介する。上司就任とその挨拶よりも重要な用事とはなんだろうか。戦時でもない今、既に自分がどう見られているのか判断することができた。
「まずはフェルナン。今までは暫定的に副長代理を務めていたけど、これからは隊長の職務に専念してもらえるわね」
「よろしく」
「ああ。こちらこそ」
俺はそう言ってフェルナンと呼ばれる隊長と握手をする。滅茶苦茶強く握られ、手の骨が折れそうであった。
短めの金髪に整った容姿。しかしその不遜な態度は女性ならいざ知らず、男にはもてないだろうと予想された。
しかし俺もそういった相手への対処は慣れている。
「かのフェルナン殿と共に戦えるとは私としても光栄です」
「ん?俺を知っているのか?」
少し態度が変わる。ちょろいものである。
「勿論。後方でも貴方の名は噂になっています。その武勇に並ぶものなしと」
「そうかそうか。後方でもそう言われているのか」
嘘ではない。噂レベルで聞いたことぐらいは、俺でもある。ただその噂は『少しばかり腕に自信がある英雄気取りの馬鹿息子』だった気がするか。
フェルナン・デ・ローヌ。そこそこ有力貴族の三男で家の中では一番の出世頭だ。二十歳そこそこではあるが、恵まれた才能で既に隊長クラスにまで出世している。まあ貴族じゃなかったらあと十年は出世が遅かっただろうが。
(とはいえ貴族のおぼっちゃんか……面倒なことにかわりはないな)
ある程度話が終わると、クローディーヌが次の隊長を紹介する。
「次にダヴァガル」
「……宜しく」
「ああ、此方こそ」
(東和人だ……)
俺はその男を見てそう思った。
東和人、それは王国よりもさらに東に住んでいる民族の名称である。
俺は握手をしながらその大男を見上げる。少し焼けた肌に黒い瞳。年齢は確か40を超えていただろう。この男は戦績に対して出世があまりにも遅いといえた。
資料では生まれから王国らしく、前の大戦にも参加しているらしかった。しかし偏見というものに阻まれて、この歳にしてようやく隊長クラスだ。武勲や経験を考えれば、もっと上にいてもいい。
(この男は貴族の坊っちゃんとは対照的だな)
俺はそんな風に考えながら手を放す。
「もう一人はドロテ。今は外しているけど、彼女も優秀な隊長よ」
「彼女?」
「何?女性が隊長で文句があるの?」
「いえ、ただ珍しいなと思って」
「……私が推薦したのよ」
王国で女性の士官は少ないわけではない。とりわけ秘術を使える兵士は女性に多く、彼女達も重要な戦力である。
しかし彼女達が出世できるかどうかは別だ。出世している女性士官の多くは、上官に媚びを売り、女としての力でもって地位を得ている。それが現状であった。
「以上よ。まあ詳しいことはおいおい慣れていって」
彼女が解散の合図を出すと、兵士達はぞろぞろとそれぞれの持ち場に戻っていく。訓練をするもの、秘術の練習や研究をするもの。それぞれいたが、その多くは特に何をするわけでもなく思い思いに雑談話に花を咲かせていた。
(王国が誇る常備軍が、この様じゃね)
他の部隊はここまで堕落してはいないだろうか。いやまあ五十歩百歩だろう。前にいた後方の部隊だって既に緩みきっていた。
(純粋な兵士としての技量が評価されるなんてことは、ほとんどないからな)
俺はそんなことを考えながら荷物を運ぶべく、またかつての職場へと足を進めることにした。
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