修学旅行

ちゃび

第2話 まりんの過去 小学校編

7年前のある夜。
しんしんと粉雪が音もなく、降っていた日。
そんな静寂のなか、家の中では激しい口論が続いていた。
ぴたりと音は止み、玄関を開ける音がして、体の芯から凍るような冷風が吹き込んできた。

「まりん、あなたのことが大好きよ。ずっと大好きだから。」
お母さんはそう言って私を抱きしめ、物悲しげに微笑んだ。
「お父さんはどこいったの?」
「仕事…があるのよ。」
「いつ戻ってくるの?」
「…。」

外と同じ静寂が家の中を襲った。
その後、少ししてからお母さんとお父さんが離婚したことを知った。
お父さんの不倫だった。
お父さんはよく旅行や遊園地に連れて行ってくれた。
だから、私にとっては楽しい思い出しかなかった。
とても落ち込み、言いようのない悲しみに駆られた。

今後は基本的にお母さんだけで生計を立てなくてはいけなくなる。引っ越しが決まった。
そして、小学5年生の春、隣町の小学校に転校した。
仲が良かった友達とは離れ離れになってしまった。
お父さんがいなくなったこと。友達と離れ離れになったこと。言いようのない孤独感がまりんを襲った。
その孤独感から、新しい小学校ではあまりなじめずにいた。

転校して間もなく、健康診断があった。
身長145cm 体重35kgと診断表には書いてあった。
「斉木さんは、少しだけ痩せてるわね。でも本当に少しだからあまり気にする必要はないわ。なにか体のここが痛いな〜とかはないかな?」
白衣を着て、眼鏡をかけた保健室の先生が聞いてきた。
「ないです…。」
私は相変わらずうつむいていた。
あれからというもの食事も喉を通らず、やつれて血色も悪かった私に保健室の先生は目線を合わせるように少しかがみながら言った。
「大丈夫?なにかあったの?」
「ないです…。」
悲しげな瞳をしていたであろう私に保健室の先生はこう続けた。
「そう?たまには甘いもの食べると元気出るわよ。わたしもチョコとか嫌なことあったら食べてるの。」
「うん…。」
「これから思春期と言ってね、体が色々変わる時期なの。3食しっかり食べて栄養つけましょうね。」
「わかりました。」
そう言って、保健室を出た。

1日が終わり、下校の時間になった。
正門を出て、家に向かう。新しい街並みに戸惑う日々が続いていた。
迷わないよう、きょろきょろ周りを見渡しながら歩いていると、レトロな木造の駄菓子屋を見つけた。
普段はお菓子を食べない私だったが、昨日、お母さんからもらったお小遣いがポケットに入っていたため、駄菓子屋に入ってみることにした。

扉を横に引くと、
店内の奥で、肘をつきながらテレビを見ている男の姿があった。
「いらっしゃいませ〜!あ、このあたりの小学校の子かな?」
「あ、えっと…」
「あははは、そんな緊張しなくていいよ!元々俺のばあさんがさこの店やってたんだけど体調崩しちゃってな。戻ってくるまではこうやって俺が店番してんだ!」
お父さんと同じくらいの年齢な気がする。
そんな彼に妙な親近感を持った。
店内も、外観通り古びていたが、数えきれないほどのお菓子が所狭しと並べられていた。
ふと目線を下にやると、様々な種類のチョコレートが並べられていた。
そのとき、保健室の先生の言葉が頭をよぎった。
(たまには甘いもの食べると元気出るわよ。わたしもチョコとか嫌なことあったら食べてるの。)
目の前にあった、板チョコを手に取り、ポケットにあった小銭を男の人に差し出した。
「お!ありがとな。おねぇちゃん、また来てな。」
そうやって男の人はにっこりして笑った。
「また来る。」
私はそう言って微笑んだ。今思えば作り笑いのように見えたかもしれない。でも、その時できる精一杯の笑顔だった。

帰り道、板チョコを開けた。
ポキッと音を立ててチョコレートが割れる。
チョコレートの甘い匂いにつられるように、口に運んだ。魔法のような口どけだった。
最近は、孤独感しか味わっていなかったが、そのチョコレートのおかげで、なんだか幸せな気持ちになれた。

それからというもの、毎日駄菓子屋に足を運んだ。
お父さんの年齢と同じくらいの男の人がたまに店番をしているため、お父さんの面影を重ね合わせていたのかもしれない。

1年経ち、6年生になった春。
身長151cm 体重46kgと書いてある診断表を保健室の先生に手渡し、丸椅子に腰をかけた。
座ると、腰回りに新しく蓄えたわずかな贅肉が行き場を失いズボンの上にちょこんとのっかる。
1年前は肋骨が見えそうなほど細かったが、お腹には、数cmの脂肪がくっついていた。
「彩木さんは…あ、ちょっとだけ体重が増えてるかな。でもふつうの範囲だから気にしなくて大丈夫よ。」
(ん…?)
このときの私は太ったという自覚はなかった。
私が疑問そうな顔をしていたからか、保健室の先生はこう続けた。
「でも今は成長期だから。体が色々と変わっていく時期なの。だから無理なダイエットとかはダメよ。」

なんだ、私は普通なんだと安心してしまった。

学校が終わり、家に帰った。
ランドセルを置き、ルームウェアに着替える。
実は数ヶ月前から駄菓子屋には通っていない。
元々の店主だったおばあさんの容体は芳しくなく、お店を継続することが困難となり閉まってしまったのだ。

(でも私にはこれがある♪)
目の前には菓子パン、チョコ、ポテチ、ポップコーンが広がっている。
冷蔵庫から、アイスとジュースを取り出し、リビングのソファに向かう。

お母さんはあれからというもの、日付が変わるくらいに帰ってくる。
今になって思い返してみると、それくらい仕事しないと十分な生活費を稼ぐことができなかったのだろう。
お母さんは私が1人のとき寂しくならないよう、駄菓子屋で買ったお菓子のゴミを見て、私がお菓子が好きなことを知り、大量に買って家にストックしておいてくれるようになった。

ソファに寝転がり、テレビをつける。
後は思う存分、好きなお菓子を頬張るだけだ。


「まりん、起きて」
「ん、あ、お母さん…」

目を擦りながら、時計を見ると0時を指している。
たくさんお菓子を食べて満腹になった私はどうやら眠りに落ちてしまったようだった。

「夜ご飯食べましょう。今日はごめんなさいね。スーパーも閉まっちゃっているから。」

マックのハンバーガーやポテトが並んでいる。
スーパーが営業していないのもあるが、こんな時間に帰ってきて料理なんて当然できないだろう。

0時を過ぎてから、今日のようにジャンクフードを食べる日が続いていた。

しかし、私は満足している。
徐々に味の趣向が変わり、甘いものや味付けの濃いものを好むようになっていた。

そう、身長が伸びたとはいえ、11kgも増加した原因はここにあった。

怠惰な生活で、腰にはさらに贅肉がつき、ゆるやかな曲線を描くようになり、太ももはむちむちと張り出し始めていく。。
成長期だから体が色々変わるものなんだと思っていた私は、体育の時間が昔に比べて疲れるようになったり、走りづらくなったような気がしていたが、気にもとめなかった。

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