第十六王子の建国記

克全

第18話出立準備

「殿下、本当に宜しいのですか」
「宜しいも何も、既に陛下と殿下の前で承諾したことだ」
「しかし、あまりにも危険ではありませんか」
「そもそも魔境で一旗揚げて、独自で家を興そうとすることが危険ではないか」
「確かに魔獣は危険ではございますが、人間と違って卑劣な罠を仕掛けたりしません。しかしながらサウスボニオン魔境の騎士団長を引き受けるとなれば、ボニオン公爵家の妨害を覚悟しなければなりません」
確かにロジャーの言う通りだ。
今回の謀叛未遂に連座する者の中に、サウスボニオン魔境の代官がいた。
正妃殿下は、父王陛下が養嗣子を押し付けようとされた領地持ちの貴族家には配慮なされたが、王国の宮中伯や直臣で内通していた者には容赦されなかった。
ほとんどの当主は斬首され、家族も奴隷に落とされた。
御家断絶の憂き目となり、当然領地は王家に収公された。
家族はもちろん犯罪者奴隷として売却され、姫として育てられた娘が性奴隷に落ちることになる。
通常なら代わりの代官を送るだけですむのだが、サウスボニオン魔境の後ろにはボニオン公爵家が控えている。
アゼス魔境と同じような暴政を行っていたのなら、一刻も早く代わりの代官を送り、民を救わなければいけないのだが、十人前後の代官所兵力では全く歯が立たない。
代官の支配下にある冒険者を傭兵として動員することも可能だが、ボニオン公爵家の影響が強いサウスボニオン魔境周辺の冒険者が、素直に従うかどうかわからない。
もしかしたら、ボニオン公爵家の配下になるかもしれない。
いや、一番問題なのは、こちらの配下に入ったと見せかけ、要所で裏切ることだ。
それにボニオン公爵家を抑えるためには、絶対に軍を送らなければいけない。
しかもボニオン公爵家との交渉次第では、軍の司令官は詰め腹を切らされ、生贄にされる可能性が高い。
その損籤を無理矢理引かされたのが余と言う事になる。
命の危険が高く、報われるどころか汚名を着せられる可能性が高い役目だ。
僅かに栄誉を手に入れる可能性もあるが、それは正妃殿下が正当に評価してくれた場合だけだ。
どれほど正しく武功があろうと、王太子殿下と第二王子殿下の邪魔になると判断されたら、良くて幽閉、悪くすれば謀殺されることだろう。
ロジャーもそれが分かっていて、頭を下げて正妃殿下の慈悲にすがれ、誇りを捨ててでも今は生き残れと言ってくれているのだろう。
いや、ロジャーはそこまで考えていないかもしれない。
ただ単に正妃殿下の依頼が危険すぎて不当だと憤り、鬱憤をぶちまけているだけかもしれない。
だが爺とパトリックは、今は誇りを捨てて生き残れと言いたいのだろう。
だがロジャーが考えなしに口にしたから、視線を送るだけにしているのだろう。
「余は命を捨てる気持ちで正義をなし、その上で命を拾って武名を轟かせ、新たな家を興す。この初心を貫徹する。余の考えに従えない者は暇をやるから、アゼス魔境騎士団に志願せよ」
「「「「殿下」」」」
「御情けない事を申されるな。殿下が命懸けで武功を上げると申されるのなら、爺は地の果てまで従いますぞ」
「私もでございます。近習頭まで務めさせていただいているのに、少々危険が迫ったからと逃げ出しては、父祖に合わせる顔がございません」
「私も御供させて頂きます」
「私も御供させて頂きます」
「私はアレクサンダー殿下の直臣と言うわけではありませんが、陛下からアレクサンダー殿下を護れと命じられている以上、陛下の命がない限りどこまでも御供させて頂きます」
「皆ありがとう。だが爺よ、爺が集めてくれていた家臣候補の若者達だが、第二王子がアゼス魔境騎士団を創設されるのなら、迷いが出るのではないか」
「左様でございますな。厳選した若者達ではありますが、今の状況では、第二王子殿下のアゼス魔境騎士団に志願する方が、王家王国に忠誠を示すことになりますからな」
「それはどう言う意味でございますか? 一度(ひとたび)主に仰ぐと決めたアレクサンダー殿下を裏切るなど、士道不覚悟! それが王家王国の為になるなど納得できません」
やっぱりロジャーは思慮が足りんな。
爺はどうしてこのような者を余の近習にしたのだろうか?
まあ武芸に関しては、些かの不足もないが。
「まずは自分の頭でしっかりと考えて見よ」
「考えております」
「考えが足らん。それでは単なる猪騎士だ。殿下の近習を務めるのなら、答えの分かっている事の理由くらい、己の頭で考えて見よ」
「うむぅ~」
「皆の好きにさせてやってくれ。余への忠誠と父母への孝の板挟みで苦しませたくはない」
「左様でございますな。死ぬ確率の高い殿下への奉公よりは、立身出世の可能性が高い、第二王子殿下への奉公を望む父母は多い事でしょう」
「ではサウスボニオン魔境への出立つ前に、片づけておくことを伝える」
「「「「「は!」」」」」
「余の一番の気懸りは、ギネスとマギーの母子だ」
「「「「「はぁ?」」」」」
「一度助けた以上、幸せになってもらいたい」
「「「「「は!」」」」」
「獣人猟師達は、第二王子殿下が領主になられるのなら、全く心配ないだろう。だが二人に救いの手が伸ばされるかどうかは未知数だ」
「確かにそうですな。元の村の者達が温かく迎えてくれると信じたいですが、そうでなかった事を後で知ることになると、殿下の心が痛むことになりますな」
「そこで母子とも顔見知りのマーティンに迎えに行ってもらいたい」
「まさかとは思いますが、サウスボニオン魔境に御連れになるのですか」
「いや、あのような危険な場所に、戦えない母子を連れて行ったりはせん。マーティンは余がギネスを愛妾にする事を心配しているのだろうが、その心配は無用だ。王都屋敷の下働きとして雇うだけだ」
「なるほど。それならば安心ですね」
「正妃殿下は出来るだけ早くサウスボニオン魔境に行ってくれとは申されたが、王都の屋敷を召し上げるとは申されなかった」
「確かにそこまでやると余りに露骨で、殿下の正義が疑われ、悪い噂が流れる危険があります」
「左様。正妃殿下の表の力はドラゴンダンジョン騎士団ですが、その背景となる力は、圧倒的な国民からの人気でございますから、評判を気にされるのは当然でしょう」
マーティンとパトリックの言う通りだ。
正妃殿下の国民からの支持は恐ろしい力だが、同時に殿下を縛るモノでもある。
どれほど隠そうとしても、悪事と言うモノはいつか必ずバレる。
もし正妃殿下が悪事を働いていたとして、正妃殿下の存命中は隠しきれたとしても、無くなられてからは表に出てくるだろう。
そうなって苦しむのは、民からの悪意や怨嗟を受ける王太子殿下と第二王子殿下だ。
その様な事に気付かれない正妃殿下ではないから、正当ではない事はなされないだろう。
わずかな王都屋敷を召し上げて、自分や王子達の評判を落とすような真似はされん。
「それで殿下はギネスにどのような役目を与えられる御心算ですかな?」
「獣人の彼らに、下手な役目を与えたら虐められてしまうだろう」
「では王都で獣人に相応しい役目を与えられるのですね」
「祖父王陛下と父王陛下の改革で、獣人への差別も随分和らいだのであろう」
「はい。以前のように表立って不当な暴行を働けば、例え士族であろうと処罰されます。しかしながら裏では未だに暴行事件が起こっております」
「情けない事だな、爺。余の家の家紋を染めた御仕着せを与えても危ないか?」
「それならば、昼間は大丈夫だと思われます」
「夜は危ないか?」
「家紋を確認せず襲う愚か者もおります」
「自分から夜に出歩いたりはしないだろう。だが爺、夜にギネス役目を与え、嫌がらせをするような者が、余の屋敷にいないだろうか?」
「人は妬み嫉みを持つ生き物でございます。絶対にいないとは申せません」
「哀しい事だな」
「はい」
「ですが留守居役に信頼出来る者を任命すれば大丈夫でございます」
「では」
「ただし、私とパトリックは殿下の側を離れませんぞ」
「今まで通り、エイブラム留守居役に任せれば大丈夫だろ?」
「間違いございません」
「ではマーティン、ギネスとマギーを頼む」
「御任せ下さい。で、ギネスには何の役目を御与えになるのです」
「そんなに気になるのか?」
「迎えに行くギネスやマギーに役目を伝えねばなりません」
「そうか。そうだな。これは余の不明であった。では余の奥座敷の掃除と、奥座敷に面した中庭の掃除だと言ってくれ」
「騎士家の八男のでございますか」
「そうか、そうだな。二人には騎士家の八男と言っていたから、奥座敷に寝起きしているというのはおかしいな」
「はい」
「ならば、部屋住み用の離れの下女だと言ってくれ」
「屋敷に迎え入れれば直ぐに嘘がばれてしまいますが?」
「屋敷に着いたら本当の事を言ってくれ」
「承りました」
「他に質問はないか? ないなら準備が済み次第出立する」
「「「「「は!」」」」」

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