第十六王子の建国記

克全

第17話正妃殿下

「よく来てくれました、アレクサンダー王子。急な御茶会の招待に応じてくれたこと、感謝いたします」
「いえいえ、国王陛下との水入らずの御茶会に招待してくださったこと、感謝いたします」
「そうなのです。陛下とは今後の方針について、忌憚のない話をさせて頂くべきだと思っていたのだけれど、陛下がアレクサンダー王子も一緒に話すべきだと言われたのよ」
「それは光栄な事でございます」
違うな。
王妃殿下は顔色一つ変えておられないが、父王陛下の顔色が全てを台無しにしている。
しかし、まあ、この場に臨席を許されている顔ぶれを見れば、父王陛下の醜態は世間に伝わらないだろう。
正妃殿下が選び抜かれた侍女と、王太子殿下と第二王子殿下しかおられない。
陛下自身の近衛兵や侍従が一人もいない事で、この場の主役が王妃殿下であることは間違いない。
「それでね、今回の貴族達への殊遇なのだけれど、武芸大会を開くことにしたの」
「武芸大会ですか」
「ええ、幾ら血縁だからと言っても、貴族家の嫡男を廃嫡して、王子を養嗣子の押し付けるのは遣り過ぎだったと陛下は反省されておられるのよ」
「左様でございましたか」
反省したのではなくて、正妃殿下に怒られて反省させられたのですね。
「だからと言って、未遂とは言え謀叛に加担していたことを許すわけには行かないから、領地の半分を召し上げることになったのだけれど、それも酷い話でしょう」
「貴族家側の立場に立てば、そう言う見方もあるかもしれませんね」
これは俺に失言させるための罠なのか?
「そうよ。これじゃあまるで王子に独立の領地を与える為に、ボニオン公爵家と共謀して、謀叛に誘い込んだみたいじゃない」
「穿った見方をすれば、そのように見えるかもしれませんね」
「だってそうじゃない。誘われて共謀しただけの貴族家が領地の半分を召し上げられたのに、主犯であるボニオン公爵家は領内での謹慎だけなのよ。確かに三人の王子や公妹は地位を剥奪されたけど、公爵家自体には痛くも痒くもないもの」
「そう言う見方もできますね」
「それでと言うか、いえ、これは貴族家への使者に最初から言い含めていたのだけれど、召し上げる領地は実質的に貴族家に返す心算なのよ」
「武芸大会で活躍した貴族に褒美として渡されるのですか?」
だがそれでは関係のない貴族が大会で活躍した場合、王家の直轄領が減ることになるのだが?
「いいえ違うのよ。アレクサンダー王子も知っているように、陛下が王子達を養嗣子として押し込もうとした貴族家は、王子達の母親の縁戚でしょ」
「左様でございますね」
そうなのだ。
父王陛下は好色で、多くの美人を妾や愛妾として後宮に召し出したが、色欲だけでなく愛情も持っていたのは確かだ。
そして父王陛下なりの配慮をして、少しでも血縁の濃い有力貴族家を養嗣子に選んだ。
余にはその感覚は理解できない。
多少の血縁関係があろうと。
いや、相手が従兄弟や又従兄弟にあたる王子であろうと、実の息子を廃嫡させられる親の怒りと哀しみは、筆舌に尽くせぬものだろう。
その辺が王族同士の間に生まれ、王族の視点だけで育てられた父王陛下の限界なのだろう。
これで祖父王陛下がドラゴンダンジョンの実戦訓練に冒険者を抜擢されず、父王陛下が正妃殿下に恋しておられなかったら、王国の現状がどのようなモノだったかと考えると、空恐ろしくなる。
「それでね、召し上げた領地は養嗣子予定だった王子達の与えるのだけれど、家臣達は王家王国からは一人も送り込まずに、領地を召し上げられた貴族家から召し抱えることにしていたの」
「なるほど、よき御考えだと思います」
最初から考えておられたのだな。
父王陛下が考えなしに口に出してしまった政策を、反対したり廃止したりすることなく、最善の返し手を考えておられたのだ。
貴族家にしても領地は半減するが、送り込んだ家臣が王子を意のままにできるのなら、王位継承権を持つ分家が出来たに等しい。
だが正妃殿下の立場から見れば、父王陛下の失政を目立たぬように、だが王侯貴族や士族には理解できるようにして正し、何より王太子殿下が引き継ぐ直轄領を全く減らさずに済む。
そうなれば第二王子殿下に分与する領地も増やすことが出来る。
やはり恐ろしい御方だ。
余も正妃殿下の手のひらで踊らされていただけかもしれない。
そうなると、後は王侯貴族どころか士族家にも全く縁戚のない余の処遇だな。
「武芸大会は各王子が主催して、領地を召し上げられた貴族家の後援で行うのだけれど、この際アレクサンダー王子も一緒に武芸大会を開いてはどう?」
「しかしながら、私には武芸大会で活躍してくれた者に与える領地がございません」
「それはドラゴンダンジョン騎士団を手本にすればいいのではなくて」
これは罠なのか?
ドラゴンダンジョン騎士団と同じ方法で新たな家臣団を創設すれば、王国最強と言われるドラゴンダンジョン騎士団に準ずる家臣団を余が手にすることになるのだぞ。
ここは正直に当たるべきだろう。
余には野心など最初からないのを証明するべきだ。
「しかしそれでは、私がドラゴンダンジョン騎士団に匹敵する家臣団を手に入れることになりませんか」
「その心配はないは。アレクサンダー王子が正直に言ってくれたから、私も正直に話すけれど、第二王子にも同じ方法で家臣団を創設してもらうの」
凄まじい手段を考えるものだ!
国民から圧倒的に敬愛されている正妃殿下の実子、王太子殿下と第二王子殿下も国民の人気者だ。
その第二王子と同じ時に冒険者家臣を募集したら、余など見向きもされず、第二王子だけに家臣の応募が殺到するだろう。
これが領地の決まった分家なら、譜代の貴族家や士族家から、分家したい者達がそれなりに集まるだろうが、自分の力で収入を得る冒険者士族には集まらない。
どうせ己の実力で士族位を得るのなら、王位継承権第二位で人気もある第二王子を選ぶだろう。
爺が集めてくれていた士族家の子弟達も、名誉の為に直ぐ余から離れるようなことはないだろうが、内心では逡巡するだろう。
いや、実家が第二王子の家臣に応募しろと説得する可能性が高い。
だが余に王位の野心などない事を証明しないといけない。
「よいお考えだと思います」
「本当にそう思ってくれますか」
「王太子殿下の全弟でおられ、忠誠心に疑いのないアンドルー殿下がドラゴンダンジョン騎士団に準じる騎士団を創設される事は、王国に新たなる大きな力をもたらせると思います」
「アレクサンダー王子なら、そう言ってくれると信じていたわ」
「信じて頂き光栄です」
「それでアンディの領地なのだけれど、魔獣が強力になったアゼス魔境にしようと思うのだけれど、アレクサンダー王子はどう思いますか」
まだ油断するなよ。
第二王子を愛称で呼んだからと言って、余に対する疑念が完全に晴れたわけだはない。
例え余を愛称で呼んだとしても、内心では猜疑の視線を向けている可能性がある。
「よき御考えだと思います。魔獣が強力になったアゼス魔境は、早急に魔獣を間引く必要があると思われます。そしてその任は、第二王子が最適だと思われます」
「でもアゼス魔境は、アレクサンダー王子が正してくれた魔境だから、アンディと共同で管理してもらう方法もあるのよ」
それは余に第二王子の下に着けと言っているのか?
王家王国の為ならそれを拒む気などないが、それが正妃殿下の求める答えなのだろうか?
だが余は自由でありたい!
自分の領地は自分の手で掴みたいと言う幼い頃からの夢は諦めたくない!
「恐れながら、自分の領地は自分の手で掴みたいと言う、幼い頃からの夢を捨てる気にはなれません。申し訳ありませんが、正妃殿下の御厚情は辞退させて頂きます」
「アレクサンダー王子ならそう言うと思っていたわ。だったら他の魔境を完全に任せたいのだけれど、引き受けてくれるかしら」
嫌な予感しかしない。
父王陛下の顔色が悪いのも気になるが、鉄仮面のように表情を隠している王太子殿下と第二王子殿下も気になる。
まさかあの魔境じゃないだろうな。
「恐れながら、どこの魔境か教えて頂けますか」
「サウスボニオン魔境よ」
やっぱりボニオン公爵家の勢力圏かよ!

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