第十六王子の建国記

克全

第14話ボニオン公爵家

「殿下、怒りは判断を狂わせますぞ」
「分かっているが、事もあろうにボニオン公爵が不正にかかわっていようとは」
「殿下の御気持ちは分かりますが、王族全てが清廉潔白ではありません」
「爺はどう思う。ボニオン公爵は王位を狙って今回の不正にかかわったのだろうか?」
「それは何とも申し上げかねますが、ないとも言い切れません」
「直接自分が王位を狙うのか、それとも一旦王子の誰かを担いで王位につけ、実権を握ってから傀儡の王を殺して王位を簒奪する心算だろうか」
「状況によるでしょうが、事が優位に進めば直接王位を望むでしょう。ですが王国にも忠臣は多く存在しますから、段階を踏んで確実に実権を握る方を選ぶでしょう」
「爺は以前からボニオン公爵が野心を秘めている事を感じていたのか」
「王位まで望んでいるとは思いませんでしたが、大きな野望を巡らしているとは感じていました。さもなければ三人もの妹を、陛下の側室に送り込むはずがございません」
「余の兄や弟にあたるが、王位を狙う野心があると言うのだな」
「正妃殿下から御生まれになられた、王太子殿下と第二王子殿下がおられます。そう簡単に王位を簒奪出来るとは思えませんが、ボニオン公爵殿下の甥にあたられる第五王子、第八王子、第十二王子は、幼き頃より野心を吹き込まれているかもしれません」
「由々しき事態だな。今さら言っても仕方がないが、同じ家から三人もの側室を迎えるなど、公爵家の力が強くなりすぎてしまったのではないか?」
「その通りなのですが、私もその時にはまだ冒険者でございましたので、詳しい事情は存じ上げません。ですが公爵家には特別な事情がございます」
「魔境とダンジョンの守護だな」
「はい。ボニオン公爵家は王国設立初期に分かれた由緒正しき御家柄の上に、代々の公爵子女と王家の王子王女が何度も婚姻を重ねられ、当代の公爵殿下も低いながら王位継承権を御持ちでございます」
爺の申す通りだ。
魔境とダンジョンから魔獣が溢れでないように見張り狩るのが王侯貴族の務めなので、当然公爵ともなれば危険な魔境とダンジョンを領内に抱えている。
だがその分魔境から得られる利益も膨大なものがあり、抱える戦力も相当なものだ。
恐らく創成期の王国は、魔境やダンジョンの配分を誤り、公爵家に強大な力を与え過ぎたのだ。
強力になり過ぎた公爵家を懐柔する為に、代々の国王陛下は公爵家との婚姻を重ねたのだろうが、それが更に公爵家を強大にしてしまったのだろう。
余の祖父にあたられる先代王は、国内改革に熱心であられたと聞いているから、ボニオン公爵家の公女を正妃はおろか側妃にも迎えることなく、王太子だった父王陛下の正妃もボニオン公爵家以外から迎えられたのだろう。
だがそれが、当代のボニオン公爵には不満だったのだな。
いや違うか。
当代のボニオン公爵が野心家であることを察せられた祖父王陛下が、乗ずる隙を与えないように、婚姻を重ねないようになされたのだろう。
だが父王陛下は三人もの公妹を側妃に向かえ、それぞれの王子を産ませてしまった。
「アレクサンダー殿下が巡検使として御出ましである、大木戸を開けよ」
「「「「「は」」」」」
タルボット宮中伯の屋敷を出てから、何度も城門と大木戸を通り、ボニオン公爵の屋敷に向かっている。
我が国の王都の縄張りは複雑で、創成期に造られた中心部の王城と、王国が発展するたびに増築された城壁に囲まれた王都は重層構造になっている。
しかも魔境やダンジョンを管理する役割があるので、王城は魔境の側に存在し、庶民が住む王都は危険の少ない反対側に増築されている。
当然王家に仕える貴族士族も魔境側に屋敷を構えているのだが、王家から魔境やダンジョンの管理を任されている高位貴族は、その戦力の大半を国元の魔境やダンジョンに振り分けているので、普通なら王都には大した戦力を置いていない。
だからボニオン公爵家の屋敷は、魔境とは反対側の最も遠い城壁近くにある。
何度も何度も王都内の城門と大木戸を通らなければいけないのはその為だった。
城門は魔獣に備えた城壁を越えるための門だが、大木戸は城壁内をいくつにも町に細分化し、その街を護る為に隔離する町壁に設けられた門だ。
城門の門番は王国の兵士だが、大木戸の門番は各町に雇われた傭兵だ。
まあ名目上は傭兵なのだが、実質は王国の兵士が派遣されている。
ただその給与が町内費で賄われているので、傭兵扱いになっている。
二百年も溢れていない魔獣の為に、それほどの兵力と費用は無駄と言う意見もあるが、ある町内で犯罪をした者が他の町内に移動できず、直ぐに逮捕することが出来るなどの効果がある。
治安の悪い町から悪人が入り込むことも防げるので、豊かな者が集まる町内程、多くの兵士を傭兵として派遣してもらっている。
「アレクサンダー殿下の御用改めである。門を開けよ!」
「御用改めとは大仰な事を申される。いったい何事でございますか?」
「陪臣の分際で手向かい致すか!」
「陪臣であろうと士族の誇りがございます。例え相手がアレクサンダー殿下で御座いましょうとも、正当な理由もなしに屋敷にお入れするわけにはまいりません」
「つい先程、ロジャー・タルボット宮中伯の謀叛が判明した。宮中伯を厳しく調べたところ、ジョニー・ニール・ポール・アリステラ・ボニオン公爵が謀叛に加担しており、その軍資金が公爵家に渡っていると言う証拠が見つかった。その取り調べの為に屋敷内に立ち入る。立ち入りを拒否するのなら、それは謀叛の証拠を隠滅する時間稼ぎと判断し、攻撃を開始する。今直ぐ門を開けよ」
「いかにアレクサンダー殿下の申されることであろうと、口だけでは信用できません。国王陛下から書付を見せていただけなければ、公爵家の誇りにかけてお入れできません」
「証拠隠滅を図ると言う事だな」
「違います」
「ならば屋敷を検めさせよ」
「公爵家の誇りにかけて、無体な事は御受け出来ません。これ以上無理無体を申されるのなら、我も公爵家の家臣としての誇りにかけて、御手向かいしますぞ。それに屋敷を検めて何の証拠も出なければ、アレクサンダー殿下もただでは済みませんぞ!」
「余を脅している心算か」
「そのような気持ちは一切ございません。アレクサンダー殿下」
「余を怒らせて、直接斬りかかったところを返り討ちにする心算だな」
「何の事でございますか」
「余が武勇を好み、短慮であると言う噂を信じて挑発しているのだろうが、民の為に剣を磨いてきたのだ。見え透いた挑発に乗って、御政道を正して民を安んじる機会を失うような愚かな真似はせん」
「アレクサンダー殿下。公爵殿下が御政道を誤っていると申されましたな。主君、ジョニー・ニール・ポール・アリステラ・ボニオン公爵の名誉のため、あえて御手向かい致します!」
そう言うと目にもとまらぬ速さで突きかかってきた。
名も知らぬボニオン公爵家の士族ではあるが、公爵家に対する忠誠と、槍の腕はゆるぎないものだった。
恐らく若き頃から魔境で実戦を重ねてきたのだろう。
平和な王都の屋敷に派遣されているにもかかわらず、門番の任に当たる間は、自分に身体強化魔法をかけているのだろう。
それは配下の卒族門番も同じで、士族が突撃するのには僅かに遅れたが、同じように余達に槍を向けて突撃をしてきた。
だが余達も常に常在戦場で鍛えてきているのだ。
ボニオン公爵家の捜査をすると決めた以上、当然事前に全員が身体強化魔法をかけあっている。
そして攻撃魔法の詠唱も、事前に準備を終えて待機状態にしており、門番達が動きを見せたのに合わせて、魔法を発動して迎え撃った。
王都内で火事など起こすわけにはいかないから、選んだ魔法は水魔法と風魔法で、門番達を情け容赦なく切り刻んだ。
士族は最初の風魔法に対して素早く反応して逃れ、次の風魔法は鎧の一番硬い部分で受け、次の風魔法は受けた衝撃を利用して避けたが、四撃目の水魔法は避けることが出来なかった。
千人に一人しか魔法を使える者がいないので、兵士の中に魔法使いがいる割合は五十人に一人程度だ。
余は今回の御用改めに百人の兵士を連れてきたが、その中に魔法を使える者が二十人も存在する。
通常なら二人しかいないところだから、実に十倍もの多さになる。
全ては爺が長年かけて築いた信用を使い、忠義の貴族家・士族家・卒族家から、厳選した子弟を余の家臣団に選抜してくれたお陰だ。
可哀想だが、余に攻撃をしかけた門番達は、士族も卒族も真っ赤な襤褸雑巾のようになってしまった。
だがこれほどの魔法を、門番達を倒すためだけに使ったわけではない。
本命は公爵屋敷の門を破壊するために使ったのだ。
だが公爵屋敷の門は魔法攻撃を受けてもビクともしていなかった。
普通では考えられない頑丈さだ。
公爵家の役割から考えれば、本来最低限の設備でもよい王都屋敷をこれほど強固に築き、あれほどの忠勇の騎士を門番などと言う下役に付けるなど、公爵家の臨戦態勢が伺える。
もしかしたら、公爵の屋敷には何の証拠も残っていないかもしれない。
タルボット宮中伯から賄賂が贈られて直ぐに、公爵家の本領に転送しているかもしれない。
そうなると余の立場も微妙なモノになる。
タルボット宮中伯の証言と帳簿の証拠があるから、余の正義に一片の曇りもないが、王国の政治は正義では成り立っていない。
圧倒的な力を持つボニオン公爵家の力をもってすれば、タルボット宮中伯の証言と帳簿は、ボニオン公爵家を陥れようとする余の偽造だと言い立て、自分が無罪になるだけではなく、余を廃嫡する事さえ可能かもしれない。
全ては王家と公爵家の力関係次第だろう。
いや、余と公爵家の力関係か。
父王陛下も王太子殿下も、余が正しいく忠誠心に疑いないと分かってはいても、民を内乱に巻き込まないために、あえてボニオン公爵の謀叛未遂に眼を瞑り、余を廃嫡にすると言う苦渋の選択をするかもしれない。
「一刻も早く門を破壊し、証拠を掴まねばならん。余直々には魔法を放って門を破壊する。正面を空けよ」
「お待ちください。殿下の魔力は温存されてください。門は私が破壊いたします」
父王陛下が余付きの魔法使いとして配属してくれた、サイモン・ラシュディが進み出てきてくれた。
ギィ~
だが余とサイモンが魔法を使う事なく、公爵家の門が開いた。

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