第十六王子の建国記

克全

第13話奸臣・ロジャー・タルボット宮中伯

「愚図愚図するな、サッサと入れ」
「「「「「へい」」」」」
宮中伯の門番が、横柄に余達を急がせる。
今はまだ殴ったり蹴ったりはしないが、何時手足が出るか分からない剣幕だ。
賄賂を受けとる側の横暴と言うか、末端の門番ですらこの驕りだと言う事は、黒幕の宮中伯はどれくらい思い上がっているのだろう。
「我慢してください」
「話すな。目を付けられるぞ」
「申し訳ありません」
ロジャーは本当に幼い。
事前に注意されているはずなのに、余が少々怒鳴られてくらいで狼狽する。
例え余が殴られ蹴られようが、証拠が発見出来るまでは我慢すると何度も確認したのに。
まあロジャーが愚かな真似をしそうになったら、パトリックが殴り倒してくれるだろう。
だが今回は驚いた。
賄賂を受け取り御政道を汚した奸臣が、事もあろうにロジャーと同じ名前の、ロジャー・タルボット宮中伯だったとは。
ロジャー面白いくらい怒っていた。
まあ面白がってはいけないのだが、ロジャーと言うのはよくある名前なので、偶然一致するのも不思議ではない。
しかし宮中伯の方がロジャーよりも遥かに強かだ。
通りから見える壁や屋敷は質素に作られているが、一旦中に入ると煌びやかに飾り付けられ、趣味の悪い成金そのものだ。
まあ余も質実剛健を旨として生きてきたら、風流などは解さぬが、宮中伯が悪趣味だと言う事だけは分かる。
「何をやっておるか! 魔獣の皮はこちらだと言っておるだろうが!」
余達を蔵が建ち並ぶ一角まで案内した門番が、動きが散漫なロジャーを槍の石突で突こうとした。
「止めろ」
一瞬避けて反撃しようとしたロジャーだが、パトリックに小さく叱責されて動きを止めた。
本来なら楽々避けることが出来るような、緩慢な一撃を態と受け、苦しむ振りをする。
ロジャーもその場その場で指示してやれば、これくらいの機転は聞くのだが、独自で判断させようとすると感情に左右されてしまう欠点がある。
ロジャーも十分鍛えているから、門番の一撃など直接受けても筋力で無効に出来るのだが、それだけではなく、上手く身を引いて衝撃を受け流している。
「旦那、御代官様から急ぐように言われているんですが、運び込んで宜しいですか」
更に追撃を加えようとする門番に、遅れたら代官に御前の行いを告げ口するぞと匂わせながら、パトリックがやんわりと脅かす。
「なんだと!」
更に怒りを増した門番は、怒鳴りながらパトリックの方に振り返った。
「ひぃ」
だが二メートルの身長に巌のような筋肉の鎧を纏ったパトリックに上から睨みつけられては、門番も生きた心地がしなかったのだろう。
パトリックの方に振り向いて目を合わせたとたん、腰を抜かして大小便を垂れ流した。
怒った時のパトリックの迫力は、王都魔境で棲息するショートフェイスベアと同等だろう。
そんな恐ろしい存在に睨みつけられては、弱い者虐めしかしたことのない門番など、身動きすらできないで当然だ。
身長や体重はショートフェイスベアには及ばないものの、迫力や真の強さはショートフェイスベアを遥かに凌駕する。
「問題がないのでしたら、荷物をそれぞれの蔵に運び込みますが、それで宜しいですね!」
パトリックに強く言われた門番だが、返事をすることが出来ないどころか、その場で眼をむいて気絶してしまった。
この程度の人間に、大切な門の守備を任せているとは、宮中伯は奸臣であると同時に士道不覚悟だ。
魔境やダンジョンの魔獣と戦い民を護ることが士族の始まりであり、魔境やダンジョンから魔物が溢れることを防ぐことが、王侯貴族の始まりである。
ならば宮中で内政を担当する宮中伯であろうと、門番には武芸に長けた者を雇うべきであるのに、少しでも安く雇う為に、流れの卒族を雇っているのだろう。
安い給金で性質の悪い流れの卒族を雇うと、卒族達は屋敷の中で禁止されている博打場を開いたり、王都の民に乱暴狼藉を働いたりする。
父王陛下が何度も禁止の触れを出しているのに、一向に改められないのは、内政を担当する宮中伯自身が禁令を破っているからだろう。
「アーサー殿、全ての蔵を見て回りますぞ」
「分かった」
ついつい物思いにふけってしまう余を、パトリックが注意してくれる。
今回は宮中伯の不正を確認する為に、あらゆる種類の魔境の産物を持ってきたから、全ての蔵を開けないと収納が出来ない。
先程門番が言っていた魔獣の皮に加え、胆・脾臓・精巣などの内臓、生血に精肉、もちろん蜂蜜に金銀などの貴金属も持ってきてある。
そうなのだ、事もあろうにアゼス魔境からは、金銀銅の貴金属まで産出されていたのだ。
まだ鉱山は発見されていないのだが、魔境の魔獣が強くなった影響なのか、貴金属を収集する習性のある魔獣が、巣穴に金銀財宝を貯め込んでいたのだ。
「おい、それが魔境から発見されたと言う金か」
「はい」
「う~む。これは見事な金だ。この純度なら、精錬せずにそのまま他国に持ち込めるな」
「さようで」
「なんだ? 御前はどこかで見たことがあるな」
不味い!
だからパトリックが付いて来ることを反対したのだ。
パトリックのような見事な体格をした人間は、王都の士族でもそうはいない。
そんな人間が、貧民で人足をしているなどと信じる馬鹿はそうはいない。
それを顔の知られた爺が余の側におれないのなら、パトリックだけは絶対に側に置かねばならぬと皆が言うから、仕方なく一緒に行動することになったのだ。
まあそもそも、皆余が人足の真似をする事を皆が反対していたのだ。
家臣達の言い分は、余のような者が間者の真似をしても失敗するだけで、専門の家臣に任せろと言う事だったが、幼い頃から冒険者として資金を稼ぎ、独力で一家を構える心算だった余は、忍者頭から直接忍術も斥候術も学んでおる。
身分を露見させるような失敗などしない。
実際今も疑いを持たれたのはパトリックだ。
「貴様はストリンガー家のパトリックだな。何故そのような風体でここにおる!」
もはやこれまでだ。
宮中伯が受け取った賄賂を誰に転送するか確認したかったが、もはやそのような余裕はない。
「黙れ! 賄賂を受け取り御政道を汚しおって」
「なんだと? 何者だ?!」
「余の顔を見忘れたとは言わさんぞ!」
顔を隠していた手拭いを取り、宮中伯に余の顔を見せてやった。
「な? え?! アレクサンダー!」
「アゼス魔境の代官、ドリー・ガンボンは既に取り押さえ、全てを白状させておる。証拠の品も帳簿も押収し、王家王国に報告しなかった横領品がここに運び込まれるのも、こうして余自身が確認した。もはや言い逃れ出来ないと心得よ」
「うぅぅぅぅ」
「僅かでも王家王国の家臣としての誇りがあるのなら、共に不正を行った者共の名を申せ。さすれば罪一等を減じ、斬首刑から切腹にしてやる」
「やかましいわ! 御前のようなオムツもとれない若造に、御政道の何が分かると言うのだ。我ら家臣の苦労も分からず、大口を叩くな!」
「おのれ奸臣、殿下に対して何たる口の利き方、この場で叩き切ってくれる」
「待て、パトリック。こいつには共犯者の名前を言って貰わねばならん」
「誰が斬られるモノか、死ぬのは御前らだ。出会え、出会え、出会え、狼藉者だ!」
やれやれ、往生際の悪い事だ。
ここで正直に自供すれば、犯罪に係わっていない一族一門までは罪に問わない心算だったが、これでは憐憫の情をかけようもない。
それに誰が馬鹿正直に、家臣共が集まるまで待つと言うのだ。
「え~い、放せ、放さぬか」
「殿、おのれ何奴!」
押っ取り刀で飛び出してきた宮中伯の家臣達が、殺気だって余達を取り囲む。
「静まれ、静まれ、静まりおろう。ここのおられるのをどなたと心得る。恐れ多くも国王陛下の十六男、アレクサンダー・ウィリアム・ヘンリー・アルバート・アリステラ殿下におわしますぞ」
マーティンが王家の紋章が彫金された長剣を差し上げ、彫金がよく見えるように剣の腹を宮中伯の家臣達に見せる。
「「「「「はっはぁ~」」」」」
「恐れ多くも国王陛下から巡検使の任を拝命されたアレクサンダー殿下は、隠密の旅に出られたが、アゼス魔境で代官の不正を摘発され、代官と結託していたロジャー・タルボット宮中伯の事を知られた。そして確たる証拠を掴むため、このように身をやつされ、直接賄賂が納められる蔵を検分された。もはや言い逃れ出来ぬと覚悟いたせ」
「「「「「・・・・・」」」」」
「殺せ! 殺してしまえば今まで通りじゃ! 早くこの狼藉者を殺すのだ!」
「待て。よく聞け。その方どもの罪は厳しく罰せねばならん。だがここで手向かいせず、正直に宮中伯と一味の者の罪を証言すれば、一族一門はもちろん家族も罪に問わん。だがここで手向かいすれば、家族はもちろん一族一門まで厳しく罰せられるぞ」
宮中伯の命令を受けて、一瞬余達に斬りかかろうとした宮中伯に家臣共だが、殺気を全開放したパトリック達に威圧され、剣に手をかけたものの抜くことが出来ないでいる。
抜けばその瞬間に殺されると本能で理解しているのだ。
余の言葉で反撃を諦めたわけではない。
もし余に武芸のたしなみがなく、パトリック達のような忠臣がいなければ、宮中伯の家臣達は躊躇することなく余を斬り殺して全てを闇に葬ったであろう。
悪人とはそう言うモノだ。
反省などしない。
反省した振りをして、また更なる悪事を企むのだ。
悪人は厳しく罰しなければ、更に狡賢くなった悪人に踏み躙られ食い物にされる人を創り出すことになる。
さあ、宮中伯の共犯を焙り出さねばならん!

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