第十六王子の建国記

克全

第12話下準備

「おかあちゃん、おかあちゃん、おかあちゃん」
母親に再会出来て、抱き着いて泣く子供を見て、思わずもらい泣きしそうになる。
無理すれば、もう少し早く再会させてあげる事も出来たのだが、ティタノボアが完全に死ぬまでは、砦を離れることが出来なかったのだ。
最初は砦に囚われていた女達だけでも獣人村に帰してあげる心算だったのだが、ティタノボアを半殺しにしたことで、護衛のやりくりが難しくなってしまったのだ。
護衛もなしに危険度の増した魔境を、女達だけで移動させるわけにはいかなかった。
女達の誰一人傷つける事のないように、前後左右の安全を確立する為には、四人以上の護衛が必要なので、余が砦に残って爺達に女達を送らせようとしたのだが、それは頑として反対されてしまった。
まあ確かに家臣の立場を考えれば、主君を一人残して行くわけにはいかないだろう。
だからと言って、再接合して復活するかもしれない砦に、家臣を一人だけ残すのも主君の立場としては、絶対に出来ない。
爺なら一人でも十分やってのけてくれるだろうが、不意にこの魔境のボスが襲撃してくる可能性もあるから、油断する訳にはいかない。
爺なら属性竜級のボスまでなら、単独で狩ることは可能だとは思うが、逮捕した冒険者達に命の危険が迫った場合、爺に苦渋の決断を下させてしまうかもしれないから、それが嫌だった。
それに言葉にはしなかったが、姉御が爺と離れるのを嫌がった。
女達を、嫌な思いをした砦から少しでも早く出してやりたいという思いはあるものの、だからと言って爺から離れるのも嫌だったようだ。
パトリックとマーティンの武勇を下に見ている訳ではないが、二人のどちらかに一人で砦の留守を任せるのは心配だった。
最終的に余が下した決断は、女達に嫌な思いをさせてしまうが、ティタノボアが完全に絶命するまで全員で砦に残ると言う事だった。
もちろん女達の気持ちを考え、暴行凌辱に加わっていた冒険者と顔を合わすことのないように、女達と冒険者達は別々の場所で生活してもらった。
本当は女達に豪華な屋敷を使わせたかったのだが、屋敷は女達にとって嫌な思い出しかないので、仕方なく粗末な獣人猟師小屋を使ってもらうことにした。
だが少しでも住みやすいようにしてあげたかったので、余と爺で土魔法を駆使して、圧縮強化した土で床・壁・屋根を作り、更に火炎魔法で焼き固め、耐熱強化レンガで護られた、砦内砦ともいえる建物に造り変えた。
砦に留まる七日の間に、更に少しずつ住み心地がよくなるように改良を加えた。
最初に誰もが必要だが言葉にし難いトイレを作った。
女性だと数が必要になるので、十個のトイレを増設する形で作ったのだが、便槽内で魔蟲などがわくと気持ちが悪いので、魔境内に住む便所スライムを探し出して便槽内で飼うことにした。
これも人が城壁都市を造り暮らすようになってからの生活の知恵なのだが、城壁に護られ敷地が限られた都市内が不衛生になったことで、汚物処理に知恵を絞った結果、スライムの中でも特に弱いスライム種に食べさせると言う解決策を見出したのだ。
そしてそのスライムを便所スライムと呼ぶようになった。
だが今度は便所スライムが増え過ぎると言う問題に直面することになる。
小さな町や村なら城壁の外に捨てると言う選択でよかったのだが、大都市ではスライムを中心部から城外にまで運び出すのも一苦労だし、そもそも増殖したスライムの数が尋常ではない。
城壁内に住む人数に数倍する便所スライムが増殖してしまうのだが。
そこをいろいろ工夫する者が現れ、増えた便所スライムを餌にすると言う考えが産まれた。
汚物を食べて増えた便所スライムを直ぐに人間が食べるのは抵抗があるが、便所スライムを食べた鳥や獣なら大きく抵抗が減少する。
試行錯誤に結果、豚と鶏が選ばれた。
雑食性で残飯と一緒に便所スライムを食べさせることが出来て、人間が食べても美味しい豚と鶏は、都市内で飼うのにとても適していた。
何より便所スライムの御蔭で、豚や鶏が出す汚物も食べてくれるので、豚・鶏・便所スライムの数さえ上手く管理出来れば、都市内の自給自足率を高め、衛生環境まで整えることが出来たのだ。
さすがに直ぐに豚と鶏を魔境で探すことはできなかったが、それは獣人村に戻ってから、宿場町で買えばいいことだ。
次に行ったのが水の確保だった。
一応砦の中には二本の井戸が掘られているのだが、その水質は御世辞にもいいとは言えなかった。
飲料水の水質が悪いと、必ず沸かしてから飲まないといけないから、消費する薪の量が増えてしまい、薪を備蓄するための小屋を建てる場所が必要になってしまう。
生活魔法の中には水、を創り出す魔法も汚染された水を清浄にする魔法もあるのだが、ほぼ魔力を持たない獣人族には使えない。
定期的な洗浄が必要だが、雨水を濾過する甕を造ることにした。
甕に中には、濾過の為の材料を幾層も積み上げた。
大型の甕を土魔法と火魔法で作ったので、一番下の層に砂利を入れ、次に砂、三番目に木炭、四番目に再度砂を入れ、一番上には濾過に適した魔境の植物繊維を敷き詰めた。
雨水は奇麗だから濾過甕は不要だと思うが、井戸の水を使う場合には必要になる。
だがどれほど奇麗に見えても濾過しただけでは生水を飲むのは危険だから、煮沸する必要があり、薪が必要になる。
だがここでハタと気付いた
薪を取りに行けないような非常時とは、魔獣に囲まれ籠城しているときだ。
強力な一頭の魔獣に襲われた場合はどうしようもないが、ある程度の等級の群れに砦を囲まれた場合は、薪を取りに魔境に入ることはできないが、内枡形虎口に魔獣を一頭ずつ誘い込み、倒すことは可能だと思いついたのだ。
そうやって狩った魔獣から魔核を取り出し、品位によって価値は違うものの、普段は必ず売るような高価な魔石や魔晶石であっても、籠城中は生きる為に使う事になるのだ。
魔獣の魔石を使えるのなら、事前に魔法陣さえ描いておけば、魔石に蓄えられた魔力を使って、ありとあらゆる魔法を使う事が出来る。
魔術師ギルドでは、高価に販売する為に魔法陣を秘術として隠蔽しているが、余の立場なら各種の魔法陣を学ぶことが出来た。
攻撃魔法や防御魔法なら問題があるが、生活魔法である水創生魔法と水浄化魔法の魔法陣は、獣人達に与えても問題はないだろうと考えたのだ。
結局強化した獣人猟師小屋に、井戸・浄水・創水の為の場所を増設することになった。
そこまで行くと、薪の代わりに魔石を使って火を創り出し、料理に使えると思い当たり、薪を使う釜土の下に魔法陣を描き、魔石や魔晶石を据えれば火を創り出せるようにした。
そこで釜土を造る部分も増設する事にした。
三日かけて全てを造り終え、自己満足に浸っているときに、ふと思い当たった。
人間と獣人では、病気や寄生虫に対する抵抗力が全く違うと言う事に。
人間なら飲むと死んでしまうような汚水であっても、獣人なら飲んでも死ぬことはない。
人間なら死ぬような毒を食べたり、毒を持つ動物や魔獣に噛まれたりしても、獣人は死なない事がある。
砦の井戸が汚れていようとも、肉が少々傷んでいても、獣人達は飲み食いしても御腹を壊すこともなければ死ぬこともないのだ。
決して好んで汚水や傷んだ食べ物を飲み食いしたいわけではないのだろうが、生死の境目なら躊躇せず飲み食いするだろう。
そう思い至って一人苦笑いしてしまった。
七日過ぎて、ティタノボアもやっと絶命してくれて、魔法袋に収めることが出来た。
いよいよパトリックに砦を任せ、四人で女達を率いて獣人村に向かう前日に、獣人猟師達が砦にやってきた。
日に日に急速に体力を取り戻した彼らは、砦に向かった我々がいつまで待っても戻らないことを心配し、二百人を超える部隊を編成し、救援にやって来てくれたのだ。
二三日で応援に来なかったのは、爺が軽挙妄動をするなと固く言い含めていたからだ。
爺は高名な元冒険者として、「危険を犯さず時期を待って砦を襲撃するから、少々遅れようと心配するな」と言い。
更に付け加えて、「どうしても心配で援軍を出すと言うのなら、最低でも二百人は猟師を揃えろ。そうでなければ足手纏いだ」と言い置いていた。
そんなこんなで、一番いい時期に猟師達が援軍に来てくれたので、七日の間に訓練を兼ねて狩って置いた魔獣の肉を半分砦の食料に残し、砦を獣人猟師達に預けることにした。
獣人猟師達の内百人が砦に残り、残り百人強の猟師が女達を護衛して、我らと共に獣人村に戻ることになった。
そして獣人村に戻った途端、母子の再会と言う感動の場面に立ち会うことになる。
あちらこちらの村で、ここと同じような感動の再会が繰り広げられているのだろう。
そんな物思いにふけっているところに、代官所管理をしているはずのロジャーがやってきた。
「アーサー殿。間に合ってようございました」
「そうしたのだ、ロジャー?」
「代官を責め立てたところ、王都の宮中伯達に賄賂を贈らねばならないと言うのです」
「今日明日に送らねばならないのか?」
「はい。自白のさせ方が甘くて、大切な事を聞き漏らしていたようなのですが、専門の者が援軍に来てくれましたので、その者に任せたところ、新たに事実を聞き出してくれました。どうやら代官は、話さずにいる事で、宮中伯達の援軍が来てくれるだろうと期待していたようです」
「我らが賄賂行列を仕立て行き、宮中伯達がそれを受け取れば、決定的な証拠になるな」
「はい」
「「「アーサー殿」」」
「行くぞ」
「「「「おう」」」」

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