前世水乙女の公爵令嬢は婚約破棄を宣言されました。

克全

第44話

「アシュラム様は無事に帰ってきて下さるでしょうか?」

「心配はいりません。
水精霊様が認めた漢です。
誰が邪魔をしようと、無事に帰ってこられます」

「ですが、多くの者が私の婿の座を狙っています。
勇者英雄様に限らず、王侯貴族も狙っていると、ロディも申していたではありませんか。
まして王城地区では、精霊様の力も及びません。
卑怯な罠に嵌って、困っておられるのではありませんか?」

「大丈夫でございます。
水精霊様に御願して、姫様自ら信頼出来る仲間を選んだではありませんか。
必ず彼らが力を貸しましょう。
何の心配もありません。
姫様は、心静かに水精霊様に祈りを捧げておられれば、大丈夫でございます」

「そうね。
それが一番大切ね。
精霊様に、アシュラム様の守護を願うのが一番だわね。
よく言ってくれました、ロディ。
早速御祈りしてくるわ」

「はい。
ですが無理をなされませんように」

カチュアもアシュラムに魅かれていた。
恋していると言ってもいいかもしれない。
アシュラムの事を想うだけで、カチュアの胸は痛んだ。
こんな気持ちは生まれて初めてだった。
初恋だった。

カチュアは前世の記憶があったから、全くの無知ではない。
教会内の権力闘争や権謀術数は経験している。
だがその前世の記憶も、教会に囲い込まれた水乙女としてのものだ。
極端に偏っているのだ。
本質が清廉潔白過ぎるのだ。

これがオアシスの水精霊でなければ話は変わっていた。
清濁併せ飲む度量のある、湖沼や川の水精霊なら、妥協や見てみぬ振りも出来ただろう。
だが魚も殆ど住めないような、美し過ぎるオアシスの水精霊は、潔癖症と表現すべき性癖を持っているのだ。
その影響をカチュアは受けている。

いや、そんな潔癖症の水精霊が選んだカチュア自身も、潔癖症と言える性格なのだ。
だから水龍様に諭されても、火竜やドラゴニュートとの妥協を汚く感じてしまう。
民の安寧な生活を破綻させてでも、火竜やドラゴニュートを滅ぼしたいと思ってしまう。
公爵家の後継者として学んだ帝王学と、本質的な性格が心の中で争ってしまう。

そんな時に現れたのがアシュラムだった。
ドラゴニュートを斃すことが出来て、水精霊様にも認められる大英雄だ。
共に水精霊様に選ばれた者同士、彼に魅かれるのは当然だっただろう。
何より元婚約者の王太子が酷過ぎた。
ギャップの大きさが、更にアシュラムを魅力的に見せていた。

だから水精霊様に願ったのだ。
アシュラム様を御守り下さい。
アシュラム様を御助け下さいと。
水精霊様は答えてくださった。
サライダ王国に集まっている多くの勇者候補達の中から、アシュラムの従者として協力させるべき人間を。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品