前世水乙女の公爵令嬢は婚約破棄を宣言されました。

克全

第31話

「勝てないよ。
相手は人間じゃないよ。
勝てないよ。
逃げた方がいいよ」

カチュアの心からの祈りに、精霊が答えを返してくれた。
だがそれは、救いではなかった。
冷徹な現実だった。
逃げるしか方法がないと言う、哀しい現実だった。

今迄は、水乙女と民の祈りによって、水精霊が火竜を抑えていた。
だが、王太子を始めとする王族や、貴族士族が水精霊を蔑ろにした。
それが水精霊の力を弱めてしまった。
これで火竜と水精霊のパーワーバランスが崩れた。

火竜の砂漠とオアシス都市で拮抗していたのが、一気に火竜の砂漠に侵食される力差となった。
だが火竜は強かだった。
直ぐに侵食せずに搦手を使った。
火竜が化身して王太子を唆した。

そして王太子の本性を露にさせた。
卑しい王太子の性根は、事もあろうに、水乙女を卑しめたのだ。
これが水精霊の力を弱めたばかりか、人間を見限らせた。
それでも、水精霊は水乙女の祈りに応えて、サライダ公爵領の民だけは護ろうとした。

その結果が今の状態なのだが、カチュアの優しい心は、今の状態を見過ごす事など出来なかった。
何としても、全ての人を救いたかった。
どうやったら救えるか、考えに考えた。
精霊様に対する祈りの回数を増やした。

朝昼夕晩に加えて、その間も真摯に祈りを行い、都合七度の祈りを二時間づつ行った。
起きている時間の内、十七時間を祈りに費やしたのだ。
だが、それでも、精霊は逃げるようにとしか伝えなかった。
水精霊はパワーバランスが崩れた所に、怒りに我を忘れて力を使い過ぎていた。

今の水精霊には火竜に対抗する力はなかった。
だが火竜も、人間を皆殺しにする気はなかった。
人との間に生まれた子供達の為に、人間を飼う心算だった。
この砂漠と荒野の乾いた土地では、純粋な竜ではない子供達は、生きていくのが苦しいのだ。

だからこそ、パワーバランスが崩れたのに、憎い水精霊を干殺さなかった。
人を飼うには、水が絶対に必要だった。
少数を生かすだけなら、自分の唾液を飲ませればいい。
子供達を育てるには、多くの人間が必要だ。

子供達の為にも、丸々と太った人間が沢山欲しかった。
だから水精霊に手加減をした。
農園を維持する必要があったのだ。
人間の国を亡ぼすのではなく、支配しようとした。

水精霊もカチュアも、火竜の思惑が分からなかった。
ただ人間を滅ぼそうとしていると思っていた。
まあ、餌として飼われるのも酷いのだが、直ぐに滅ぼされるわけではない。
それでも時間を稼ぐことは出来る。

何も知らないカチュアは、人を助けたい一心で、寝食を忘れて祈りを捧げた。

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