王家を追放されたわけじゃないけど、世直しすることにしました。

克全

第7話救出

俺は、二人の旅人に色々と話しを聞き出した後で、急ぎ代官所に戻ることにした。
拷問現場を見てしまうかもしれないが、マギー達の事を、ブラッドリーから聞き出さなければいけない。
ブラッドリーは、マギー達に三人の護衛を付けたと言っていたから、宿場町に巣食うヤクザ者程度に後れを取るはずがないのだ。
ブラッドリーが俺に嘘を言う必要などないから、それなのにマギー達がヤクザ者達に攫われたのなら、それはわざと攫わせたと言う事になる。
ブラッドリーは、俺がマギー達を大切に思っていることを承知しているので、俺の怒りを買ってでも攫わせたと言う事は、それは王国に仕える忍者として必要だと考えて攫わせたと言う事だ。
これが重大な所で、王国忍者としての務めで攫わせたのなら、マギー達三人がどれほどの辱めを受けようとも、また殺されたとしても、見捨てると言う事だ。
これだけは断じて容認できない。
「ブラッドリー。マギー達を攫わせた理由を言え」
「殿下に巡検使としての御役目を果たして頂くためです」
「そのためには、罪もない民を犠牲にしてもよいと言うのか」
「獣人族の村の時と同じでございます。より多くの民を助けるためには、見て見ぬ振りをせねばならないこともございます」
「それは容認出来ないと言ったら、どうするのだ」
「王子として、巡検使として、何としてでも見て見ぬ振りをしていただきます」
「それは出来ぬ。先の決断は間違っていた。罪のない者達を見殺しにするくらいなら、命を賭けてでも戦うべきであった。直ぐにマギー達を助けに行く。邪魔するなら、ブラッドリー達も斬る」
「仕方ありませんな。危険が迫ったら必ず助けると言う事で、いましばらく様子を見ていただけませんか」
「ブラッドリー達は信用出来ん。余自ら見守り、余が危険と判断したら、ブラッドリー達がどう思おうと助けに入る」
「それでは、代官達の事は、責任を放棄すると申されるのですね」
「代官達の件は、もう十分準備が整っている。ロジャー・タルボット宮中伯一味に関しても、爺達が動いてくれているのであろう。ならば余が直接関わらなくても、懲罰を与えることは確実であろう」
「やれやれ、殿下がそこまで申されるのなら、もう何も申しますまい。王族方の、我儘や気紛れに振り回されるのには、慣れております」
「余をわざと怒らせて、翻意させようとしても無駄だ。余はマギー達を見守りに行っているから、代官一味と宮中伯一味に動きがあれば、連絡をよこせ」
「承りましてございます」
「嫌味を申しても無駄だ。手の者に案内させよ」
「承りました」
俺に何を言っても無駄だと判断したのだろう。
マギー達を見守っていると言う、三人組の所に案内させるべく、ブラッドリーは配下の忍者を手配した。
まあ、ブラッドリーも本気で反対している訳ではなく、どのタイミングでマギー達を助けに入るかと言う、条件の問題だ。
俺は、マギー達の心身が傷つけられることは許せないが、ブラッドリーは証人として証言が可能ならば、どれほど辱めを受けようと、生涯傷が残るような暴力を受けようと、見て見ぬ振りをするだろう。
いや、むしろ悪事を証明する証拠が手に入ると、喜んで悪行を見ているだろう。
王国忍者とは、そういう人の心を捨てねばならない任務なのだ。
王族の一員として、ブラッドリー達にそう言う任務を課しているのは俺達なので、本来は俺に怒る資格などないのだが、さっきは恥ずかしくも怒ってしまった。
本当は恥じ入る場面なのに、情けない話だ。
本当に悪いのは、俺達王族なのに。
俺は内心の葛藤を押し殺し、案内役の忍者の後を駆けて、マギー達が拉致されたと言う、トラスの宿場町に急いだ。
普通の旅人なら、歩いて丸一日かかる道のりだが、身体強化魔法を自身にかけたうえで、その底上げした能力を全て発揮して駆けているので、通常の駆け足の三倍の速さだ。
普通の旅人が歩いて一日の距離を、鍛え抜いた忍者の駆け足の三倍の速さで走り抜けるのだから、十二倍の速さでトラス宿場を目指していることになる。
宿場町は三十キロメートル間隔に設置され、旅人は一日に七・八時間かけてその間を旅するのだが、俺と案内役の忍者は、その間を四十分ほどで駆けてトラス宿場に辿り着いた。
トラス宿場を支配していると言うヤクザ者達ではあるが、流石に貴族や士族の眼は気にしているようで、本陣や脇本陣を根城にするようなことはなく、旅籠の一つを拠点にしていた。
ブラッドリー達は任務に忠実なので、マギー達の見張りは完璧に行っていた。
視覚から逃れる魔法や気配を隠蔽する魔法を使える忍者が、ヤクザ者の眼をくらませて、マギー達の側に張り付いていたのだが、矢張りマギー達の尊厳までは守る気がなく、事もあろうにマギーの目の前で、ギネスとヴィヴィは凌辱されそうになっていた。
一瞬で怒り心頭に達した俺は、それでも隠蔽魔法を周囲に展開し、中の様子が一切外に漏れないようにしてから、姿を現してヤクザ者共をぶちのめしてやった。
二度と善良な人々を傷つける事のないように、膝・肘・足首・手首の関節を粉々に粉砕した上に、下顎も粉々に粉砕してやった。
これで食事と言う楽しみも奪う事になる。
「大丈夫か」
「若殿様。ありがとうございます。マギー。あああマギー。大丈夫」
「うわぁん、おかあさん、うわぁあん」
今まで必死に泣くのを我慢していたのだろう。
母親に抱かれて、堰を切ったように泣き出した。
母親のギネスも、窮地を脱して安心したのだろう。
乱れた衣服を直すことも忘れて、ただただマギーを抱いて泣いていた。
「若殿様、窮地を御救い頂きありがとうございます。ですが、どうやって私達の事をお知りになられたのですか」
流石にヴィヴィは、何度も冒険者として死地を切り抜けてきただけあって、冷静に身嗜みを整えながら、疑問に思う事を聞いてきた。
「旅の者が、ヴィヴィ達が拉致されたのを見ていたようで、アゼス宿場で噂話をしていたのだよ。それを聞いて、急ぎ駆け付けたのだ」
「しかしながら、若殿様。それでは、この時間にトラスまで辿り着けないのではありませんか」
助けて貰ったのに、疑うのは気が引けるようだが、それでも、何度も死線を潜り抜けた冒険者として、疑念をそのままにしておけないのだろう。
アゼスからトラスまでの、移動時間のおかしさを確かめてきた。
「ドラゴンダンジョンで生き残るためには、長時間身体強化魔法をかけ続けなければならないと思い、幼い頃から鍛錬を続けていたのだ」
「では、瞬間的に身体強化なされるだけでなく、長時間身体強化することも御出来になるのですか」
「ああ。自分だけでなく、パーティー仲間も同時に出来るぞ」
「それは。ただの騎士ではなく、魔法騎士と言われる稀有な存在ではありませんか」
「まだ、魔法騎士を名乗れるほど、完璧に魔法を習得しているわけではない。魔法騎士を目指して、武者修行をしている段階だよ」
「こういっちゃなんですが、その若さであれだけの武力を身に付けられ、身体強化魔法まで習得されておられるとは、只者ではございませんね」
「だから言ったろ。分家のベン・ウィンギス男爵に後れを取らないように、幼い頃から必死で修練を積んできたのだよ」
「若殿様だけでございますか」
「兄上様方も、それぞれの道で修練されておられるよ」
「若殿様の兄上様方が冒険者におなりならば、武名を御聞きしているはずなんですがね」
「そこまで個人的な事を聞くのは、冒険者のルールに反するのではないかな」
「申し訳ございません」
「さて、このチンピラ共をどうすべきかを話そうか」
「はい」
さて、思わず叩きのめしてしまったが、この始末をどうつけるべきか。
そうなると、ここにいたチンピラの下顎を粉砕したのは不味かった。
色々聞きだすにも話すことが出来ないし、治癒魔法で治して話させたら、姉御達に俺が治癒魔法を使えることを知られてしまう。
仕方ないので、結界を張ったこの中に新たなチンピラを引き込んで、じっくりと尋問して全てを白状させることにした。
ありがたいことに、親分や兄貴分が徹底的に叩きのめされているのを見たチンピラは、少し脅しただけでペラペラと全てを白状してくれた。
確認をするために、二人目三人目のチンピラも結界内に引き込んで尋問したが、白状した内容はほぼ同じだった。
ヤクザ達は、トラス宿場内にいくつもの拠点を持っており、そこで違法なイカサマ博打を開催し、宿場の町人はもちろん、近隣住民や旅人も誘い込み、借金漬けにして家屋敷や田畑を取り上げるのはもちろん、女子供を奴隷として売買していたのだ。
当然のように、女には宿場内で売春をさせており、博打に参加しない真面目な一家や旅人の中に美人がいれば、人目のない場所で攫って奴隷にしていたようだ。
ヴィヴィ達も博打をせずにいたので、宿場町を出たところで無理矢理拉致されたそうだ。
本当は、全ての売春宿を開放したいのだが、今直ぐにそれを行うと、取り逃がしてしまうヤクザ者が出てしまうし、黒幕や協力者を焙り出せなくなるので、苦渋の選択で思いとどまった。
だがその判断は、さっきブラッドリーに言われて、俺が否定したのと同じことなので、内心忸怩たる思いだったが、それでもそうする以外に道はなかった。
だが、親分や幹部の多くをぶちのめして確保しているので、本当は報告に来る手下に会う事も命令を下すことも出来ないのだが、それでは、俺が親分達を取り押さえていることがバレてしまう。
変身魔法を使えることは、ヴィヴィ達に秘密にしたいが、報告に来た手下どもを丸め込む為に、声帯模写が出来る事にして、ドア越しに手下に命令を下した。
俺が、親分の振りをして手下を動かしている間に、ブラッドリー配下の三人の忍者は、本拠の旅籠はもちろん、他の拠点も調べ上げて、ヤクザ一味に関係する、黒幕や協力者を洗い出すための証拠を集めていた。
ぼろ屑のようにぶちのめした、親分と兄貴分達を部屋の隅に転がして、凌辱に使おうとしていた大きな二つのベッドに、マギー達を寝かせることにした。
マギーの情操教育には悪いと思うのだが、マギー達を俺の眼の届かないところにやるのも心配だったし、無責任にヤクザ一味を放置するわけにもいかないので、仕方ないことだった。
眠りに落ちたマギー達が目を覚まさないように、睡眠魔法かけて自由な時間を作り出し、ブラッドリー配下の忍者が接触してきても、ヴィヴィにバレないように段取りをした。
小憎らしい話なのだが、こう言う展開になることは、ブラッドリーには予測の範囲だったのだろう。
直ぐにブラッドリー配下の忍者が接触してきた。
「殿下、魔境の方で動きがありました」
「何が起こったのだ」
「チンピラ冒険者が、命惜しさに逃げ出そうとしました」
「逃げ出そうとしたと言う事は、逃げられなかったのだな」
「はい。チンピラ冒険者を監督して蜜を集めさせる役目の熟練冒険者が、見せしめのため、逃げ出そうとした冒険者を切り殺しました」
「それでどうなったのだ。チンピラ冒険者達が、一致団結して暴動を起こそうとしているのか。それとも小さくなって震えているのか」
「今まで通り獣人にやらせればいいと熟練冒険者に詰め寄る者達と、隙を見て逃げ出そうとしている者達に分かれています」
「これを好機と、自分を鍛えようとする者はいないのか」
「そのような殊勝な者はおりません。そのような者は、そもそも代官一味に加わっておりません」
「それもそうだな」
「では、頭にどのように伝えましょう」
「何のことだ」
「殿下が御始めになり、殿下が責任をもって方針を指示されたことでございます。この後どうすべきかは、御頭が判断すべきことではなく、殿下に判断していただかねばなりません」
俺がブラッドリーの判断を否定して、俺の遣り方を無理矢理押し付けたのだから、ブラッドリーの配下にこういわれても仕方がない。
当然その責任として、不測の事態の対処法は俺が決めねばならない。
ここに至って、責任をブラッドリーに押し付けることは絶対に出来ないし、押し付けようとも思っていない。
それにしても、ブラッドリーの配下達には嫌われてしまったようだ。
まあ当然だろう。
自分達が心服している、老練で実績十分な忍者マスターの判断を、嘴の青い血筋だけしか取り柄のない、若造の余が否定したのだから。
「どれほど死傷者が出ようと、チンピラ冒険者に蜜を狩らせてくれ。その為に暴動が起ころうとも、それは彼らが犯した罪への罰でしかない。だが、逃がすことだけは、絶対あってはならない。万が一にも、王都の黒幕や協力者に情報が漏れないように、逃亡させないことを一番優先させてくれ」
「承りました」
俺は忍者に指示を出した後で、結界魔法を強化するなどの、十分な手配りをして仮眠したのだが、夜が明ける前に、重大な知らせを受けることになった。

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