御大尽与力と稲荷神使

克全

第45話無礼討ち8

「また恥知らずな強請りかよ。
それでよく幕臣を名乗れるな!
上様の名を穢す不忠者め!
このようなゴロツキ同然の行為を、東照大権現様が許されると思っているのか!」

菊次郎は四人の仲間を引き連れて、颯爽と小茶屋の中に入り、永井忠左衛門一党に喧嘩を売った。
それもただの売り方ではない。
上様と権現様の名を出して、引くに引けない状況を創り出したのだ。

「何を言っておる。
この店の小女が、余に水をかけた詫びをさせているだけだ!」

「言い訳は見苦しいぞ!
一刀流の剣客が小女の水を避けられない方が恥だと言ったろ。
そもそも剣客が水を避けられないはずがないんだ。
その事はどこの道場でも証言してくれている。
もはや言い逃れなどできん」

「おのれ、おのれ、おのれ。
若様への数々の暴言もはや見過ごしならん!
無礼討ちにしてくれるからそこに直れ!」

「無礼討ち?
ちゃんちゃらおかしいな。
武士が武士に無礼討ちはなかろう?
果し合いと言えよ。
果し合いならいつでも応じてやるよ!」

家臣が応じてしまった永井忠左衛門は、もう後には引けないと覚悟を決めた。
敵対する相手が、七右衛門の手先であることは間違いないと考えていた。
以前町人姿だった男が、今は若党姿なのだから、七右衛門の若党に間違いない。
勝っても負けても面倒な事にはなるが、月番は北町に変わっている。
言い訳が通じる可能性もあると永井忠左衛門は考えた。

永井忠左衛門が調べた範囲では、北町に抜擢された坪内平八郎は、七右衛門に家督を奪われた坪内家の嫡男だと言う。
七右衛門を恨んでるはずで、もう新たな家を興した後なら、付け入る隙はあると考えていたのだ。
それに、今目の前にいる五人は、目障りな一人を除いて大した腕ではないと見抜いていた。

「成り上がりの元町人の若党が思い上がるな。
本当の武士を見せてやる。
表にでろ」

「おう。
本当の武士とやらを見せてもらおうか」

十人は互いに隙をみせないように、睨み合いながら小茶屋を出ていった。
その場から逃げ損ねていた多くの客が、大きく息をついてホッとした表情となったが、直ぐに江戸っ子特有の野次馬根性がムクムクと湧きあがり、店の中から暖簾に隠れるように、果し合いの結末を見ようとした。

「往来の皆々様へ申す。
ここにいる下郎上がりの若党は、事もあろうに由緒正しき幕臣に強請の濡れ衣を着せようとした。
そこで武士の面目を保つ為に仕方なく果たし合いを申し込んだ」

「いいや、違う。
ここにいる永井忠左衛門一党は、立場の弱い町人を無礼討ちにすると刀で脅し、金を強請ろうとした。
それを咎めると、無礼討ちにするとさらに脅しをかけてきた。
陪臣とは言え、これを黙って見過ごしては、坪内七右衛門様に仕える若党として主人に面目が立たない。
そこで果たし合いに応じる事にした。
往来の皆には見届けて欲しい」

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