女将軍 井伊直虎
第60話越前朝倉への調略
1564年11月10日『近江・観音寺城』
義直は丹波の侵攻を一時取り止め、近江・観音寺城に戻っていた。豪雪時期は合戦にならないし、波多野・赤井から攻勢に出ることは戦力的に不可能だった。圧倒的な物量と戦力がある義直軍が攻勢に出た際に、ゲリラ戦で防衛するしか丹波国衆に方法はなかった。
「義直様、越前は面白きことになっております。」
「何事でございますか?」
「朝倉一族内での争いが激しいようでございます。」
「私は御屋形様とのことを考えると、正直面白いと思えません。」
「義直様と御屋形様の争いは、既に勝負がついております。官位でも幕府の役職でも、義直様の方が遥かに高いのでございますよ。」
「その分暗殺が怖いのではありませんか? それは母上様が仰られたことではありませんか。」
「今は伊賀衆と甲賀衆が働いてくれています、以前よりもずいぶん安全になりました。」
「それはそうですが。」
「今は隣国のことが何より大切です。」
「分かりました、越前朝倉がどうしたのです?」
「9月2日に加賀攻めに出陣したそうですが、敦賀郡司職の朝倉景垙が、大野郡司職の朝倉景鏡と大将の座を巡り争いを起こし、朝倉景垙は敗れて陣中で自害したそうです。」
「なんと! しかし大将争いに敗れて自害とは解せませんな? 武人なら相手を討ち取ってでも目的を果たすべきでしょう?」
「なるほど! それは気づきませんでした。早速朝倉景鏡に殺され、切腹したように見せかけたという噂を流しましょう。」
「母上様!」
「義直様、越前朝倉をどう考えられますか?」
「え?! そうですね、宗滴殿が長年守られてきた有数の大名家でしょうか?」
「その宗滴殿亡くなられて9年です。遺訓が失われてもおかしくないのです。」
「それは理解できました。しかしそれだけではないのですよね?」
「はい、朝倉と浅井は密接につながっているのです。」
「なんですって!? それは近江の安全大きく影響が出ますね!」
「特に浅井の先代・久政殿は今川との縁を苦々しく思い、朝倉との連携を強めようとしているようです。」
「それは私が丹波に攻め込んでいる間に、浅井朝倉で今川領に攻め込む心算だということですか?」
「その可能性が高いと、白拍子・歩き巫女達は申してきています。」
「彼女達がそう言うのなら確かなことですね。」
「はい、ですから少なくとも浅井朝倉がら攻め込むことができないように内部争いを煽るか、こちらから攻め滅ぼすかしかないのです。」
「その為に、敦賀朝倉家と大野朝倉家を争わせるのですね?」
「元々争っている家です、気にすることはありません。大切なのは義直様の邪魔にならないようにする事、出来れば義直様の利益になるようにする事が大切です。」
「どちらに味方されるのですか?」
「御隠居様に相談したうえで、武田信玄殿と石山本願寺に話をつけなければなりません。」
「どういう事ですか?」
「越前の向こうには加賀がありますが、加賀は一向宗の国になっています。もし越前を手に入れ加賀と国境を接することになれば、一向宗と戦うことになってしまう可能性があるのです。」
「それは重大な問題なのですか?」
「義直様が治める近江・美濃・北伊勢・尾張・三河には、強力な一向宗の寺院があるのです。もし加賀の一向宗と戦うことになれば、その全てが蜂起する可能性があるのです。」
「それを信玄殿と相談するのは何故なのですか?」
「信玄殿の正室が三条家から嫁がれているのは知っておられますね?」
「はい、それはお聞きしております。」
「三条夫人の妹姫が、本願寺第11世・顕如の正室になっているのです。」
「それは知りませんでした、しかしそうなると、御屋形様と争えば信玄の指示で一向宗が放棄する危険もあるのですね?」
「はい、それもあって御屋形様には駿河1国をお与えしているのです。」
「まるで犬に餌を与えているような言いようですね。」
「そこまで悪し様には申していませんよ。」
1564年11月15日『近江・観音寺城』
「御隠居様、わざわざありがとうございます。」
「なに構わんよ、義直のためならどんな労力も厭わん。」
「それで御隠居様の御考えではどうなりそうですか?」
「浅井を攻める必要はないだろう、久政が死にさえすれば落ち着く話だ。」
「それは・・・・・」
「久政を暗殺するというわけではない、長政に朝倉攻めの先鋒に命じればいい。それでも攻め込んで来るなら、当主である息子の浅井長政を見殺しにする謀反だから、攻め滅ぼしても大義名分が立つ。」
「ならば朝倉を攻めとってもいいのですね。」
「ああ、信玄からも顕如に手紙を書いてもらうが、俺っちも直接手紙を出そう。」
「越前と加賀の国境を、顕如を通して確定するのですね。」
「ああ、そうしておけば越前侵攻も安心して行えるだろう?」
「はい、ありがとうございます。」
「出来れば久政が敵対してくれたほうが、浅井の力を弱められるのだが。」
「そんな!」
「長政に嫁いだ新野親矩の娘を心配しておるのか?」
「はい、同じ女子でございますから!」
「心配いたすな、一旦浅井家を取り潰すことになっても、娘とその子供に新たに家を興させる。」
「そうですか、でも出来れば長政殿が味方してくれれば1番です。」
「まあ全ては久政次第だし、朝倉の内訌次第だ。」
「はい!」
今川家で越前朝倉へ攻め込む相談をしているころ、京の三好家では義直の将来を左右する大問題が勃発していた。
義直は丹波の侵攻を一時取り止め、近江・観音寺城に戻っていた。豪雪時期は合戦にならないし、波多野・赤井から攻勢に出ることは戦力的に不可能だった。圧倒的な物量と戦力がある義直軍が攻勢に出た際に、ゲリラ戦で防衛するしか丹波国衆に方法はなかった。
「義直様、越前は面白きことになっております。」
「何事でございますか?」
「朝倉一族内での争いが激しいようでございます。」
「私は御屋形様とのことを考えると、正直面白いと思えません。」
「義直様と御屋形様の争いは、既に勝負がついております。官位でも幕府の役職でも、義直様の方が遥かに高いのでございますよ。」
「その分暗殺が怖いのではありませんか? それは母上様が仰られたことではありませんか。」
「今は伊賀衆と甲賀衆が働いてくれています、以前よりもずいぶん安全になりました。」
「それはそうですが。」
「今は隣国のことが何より大切です。」
「分かりました、越前朝倉がどうしたのです?」
「9月2日に加賀攻めに出陣したそうですが、敦賀郡司職の朝倉景垙が、大野郡司職の朝倉景鏡と大将の座を巡り争いを起こし、朝倉景垙は敗れて陣中で自害したそうです。」
「なんと! しかし大将争いに敗れて自害とは解せませんな? 武人なら相手を討ち取ってでも目的を果たすべきでしょう?」
「なるほど! それは気づきませんでした。早速朝倉景鏡に殺され、切腹したように見せかけたという噂を流しましょう。」
「母上様!」
「義直様、越前朝倉をどう考えられますか?」
「え?! そうですね、宗滴殿が長年守られてきた有数の大名家でしょうか?」
「その宗滴殿亡くなられて9年です。遺訓が失われてもおかしくないのです。」
「それは理解できました。しかしそれだけではないのですよね?」
「はい、朝倉と浅井は密接につながっているのです。」
「なんですって!? それは近江の安全大きく影響が出ますね!」
「特に浅井の先代・久政殿は今川との縁を苦々しく思い、朝倉との連携を強めようとしているようです。」
「それは私が丹波に攻め込んでいる間に、浅井朝倉で今川領に攻め込む心算だということですか?」
「その可能性が高いと、白拍子・歩き巫女達は申してきています。」
「彼女達がそう言うのなら確かなことですね。」
「はい、ですから少なくとも浅井朝倉がら攻め込むことができないように内部争いを煽るか、こちらから攻め滅ぼすかしかないのです。」
「その為に、敦賀朝倉家と大野朝倉家を争わせるのですね?」
「元々争っている家です、気にすることはありません。大切なのは義直様の邪魔にならないようにする事、出来れば義直様の利益になるようにする事が大切です。」
「どちらに味方されるのですか?」
「御隠居様に相談したうえで、武田信玄殿と石山本願寺に話をつけなければなりません。」
「どういう事ですか?」
「越前の向こうには加賀がありますが、加賀は一向宗の国になっています。もし越前を手に入れ加賀と国境を接することになれば、一向宗と戦うことになってしまう可能性があるのです。」
「それは重大な問題なのですか?」
「義直様が治める近江・美濃・北伊勢・尾張・三河には、強力な一向宗の寺院があるのです。もし加賀の一向宗と戦うことになれば、その全てが蜂起する可能性があるのです。」
「それを信玄殿と相談するのは何故なのですか?」
「信玄殿の正室が三条家から嫁がれているのは知っておられますね?」
「はい、それはお聞きしております。」
「三条夫人の妹姫が、本願寺第11世・顕如の正室になっているのです。」
「それは知りませんでした、しかしそうなると、御屋形様と争えば信玄の指示で一向宗が放棄する危険もあるのですね?」
「はい、それもあって御屋形様には駿河1国をお与えしているのです。」
「まるで犬に餌を与えているような言いようですね。」
「そこまで悪し様には申していませんよ。」
1564年11月15日『近江・観音寺城』
「御隠居様、わざわざありがとうございます。」
「なに構わんよ、義直のためならどんな労力も厭わん。」
「それで御隠居様の御考えではどうなりそうですか?」
「浅井を攻める必要はないだろう、久政が死にさえすれば落ち着く話だ。」
「それは・・・・・」
「久政を暗殺するというわけではない、長政に朝倉攻めの先鋒に命じればいい。それでも攻め込んで来るなら、当主である息子の浅井長政を見殺しにする謀反だから、攻め滅ぼしても大義名分が立つ。」
「ならば朝倉を攻めとってもいいのですね。」
「ああ、信玄からも顕如に手紙を書いてもらうが、俺っちも直接手紙を出そう。」
「越前と加賀の国境を、顕如を通して確定するのですね。」
「ああ、そうしておけば越前侵攻も安心して行えるだろう?」
「はい、ありがとうございます。」
「出来れば久政が敵対してくれたほうが、浅井の力を弱められるのだが。」
「そんな!」
「長政に嫁いだ新野親矩の娘を心配しておるのか?」
「はい、同じ女子でございますから!」
「心配いたすな、一旦浅井家を取り潰すことになっても、娘とその子供に新たに家を興させる。」
「そうですか、でも出来れば長政殿が味方してくれれば1番です。」
「まあ全ては久政次第だし、朝倉の内訌次第だ。」
「はい!」
今川家で越前朝倉へ攻め込む相談をしているころ、京の三好家では義直の将来を左右する大問題が勃発していた。
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