第50話三好一族

『近江・観音寺城』

「長逸様、よくぞ来てくださいました。」

「いやいや、直平殿から天下の今後を話し合いたいと言って頂けたのだ、唐天竺でも参りますぞ。」

「有り難き御言葉でございます。」

「まずは単刀直入に御聞きしたいのだが、今川家は公方様の要請で上洛されたのではないのですな？」

「はい、今川家に公方様や幕府に対する思い入れはございません、それは今川仮名目録で守護使不入を否定している事でも分かって頂けるでしょう。」

「だが今川家は吉良家の分家、吉良家は清和源氏のひとつ河内源氏の流れを汲む足利氏御一家で、足利宗家の継承権まで有しておられる。斯波家や畠山家をはじめとする他の足利一門諸家とは別格の、名門中の名門ではないですか。」

「左様ですね、ですが少なくとも義直様は我が井伊家の血も引き継いでおられます。我が井伊家は、南朝を奉じて今川家とも戦って来ております。」

「それは井伊家が、今川家の御隠居様や御屋形様と敵対してでも、三好家との誼を通じて下さると言う事ですか？」

「その後は私が話させて頂きます。」

義直の横に控えていた直虎が会話に加わった

「あなた様は、直虎様ですね。」

「はい、御隠居様から正式に義直様の後見として指名されております、井伊直虎でございます。」

「義直様の実母で御隠居様の側室でございましたな。」

「はい、私で無ければ話せぬ事があるので口出しさせて頂きました。」

「どう言う事でございますか？」

「三好家に後継争いがあると聞き及んでおります。」

「ほう、私は初耳なのですが、三好家の長老たる私が知らぬ後継争いなど有り得ないのですが？」

「誠に残念な事成れど、天下に武勇と知略を示された、義興様が亡くなられてしまいました。」

「・・・・・」

「長慶様に他の御子がおられればよかったのですが、残念ながらおられない。順当なら亡き実休殿の嫡男・長治殿が継ぐべきところ、亡き十河一存殿の嫡男・重存殿の母が九条家でゆえ、重存殿が後継者として選ばれそうだ伺っております。」

「我が三好家の後継問題に口出しなされるお心算か！」

「長逸殿、義直様が京の政争に巻き込まれ無いようにしたいのです。三好が揺れれば必ず今川に合力を求める者が出て来ます、三好には強くあってもらいたいのです。」

「ふむ、話だけは伺いましょう。」

「ありがとうございます。長治殿が後継者になられようと、重存殿が後継者になられようと、いや安宅冬康殿が後継者になられても、義直様は三好家との縁を望んでおられます。」

「それは？　義直様の正室を三好家から迎えて下さると言う事ですか？！」

「御隠居様は兎も角、私と義直はそう考えています。ただし直ぐに結納と言う訳ではありませんが、三好家と義直様の国境は厳密に決めて頂きたい。」

「繰り返しますが、それは今川家ではなく義直様個人でございますな。」

「そうです、返事を頂けますか。」

「流石にこれほどの話を、この場で私１人が決めれるものでは御座いません、持ち帰って長慶と相談させて頂きたい。」

「率直に申し上げますが、長慶様は病ではありませんか？」

「何を申される！」

「長逸殿、長慶様には御自愛いただき、長く長く生きていただかねば天下の静謐が保てないのです。近衛家と九条家の、藤氏長者争いに巻き込まれない事を願っております。」

「それは重好殿の三好家後継問題を言われているのか？」

「三好家の当主は、三好家の一族一門衆が本当に望む方を選ぶべきです。三好家が割れることを義直様は望んでおられません。」

「話は承った、一旦持ち帰らせて頂く。」

「長慶様によしなにお伝えください。」

三好孫四郎長逸　従四位下　日向守

三好家と義直の家臣達の間で同盟の条件が着々と詰められていたが、それは至難の調整となてしまった。本来なら大きく国境で境界線を分けたいのだが、三好家も義直も互いを慕ってくる国衆・地侍を無碍に断ることは出来ない。

特に義直は、南朝に縁のある者達を切り捨てる訳にはいけない。南伊勢の北畠家が紀伊・伊賀・大和に触手を伸ばしたがっているし、義直も伊勢神宮や南朝縁の寺社を勢力下に置きたかった。

何とか決まったのは、若狭・越前と六角が逃げ込んだは甲賀郡と伊賀は今川家が切り取っていいが、山城・丹波・丹後は三好が切り取る場所となった。

大和・紀伊に関しては激しい交渉が繰り返されていたが、それでも婚姻政策は話が進んだ。三好一門の娘が一旦九条家の養女となって、義直の正室に送られる事で話がついた。


『近江・観音寺城』

「母上様、父上はどう言われているのですか？」

「御隠居様は任せると言われていますよ。」

「いよいよ氏真殿と手切れとなりますか？」

「慌ててはいけませんよ、三好家が割れるかもしれません。」

「それはどう言う事ですか？」

「白拍子や歩き巫女が調べた話では、長慶様が乱心している恐れがあります。」

「なんですって！？」

「義興殿が亡くなられたことが、よほど心身に負担をかけたのでしょう。三好内が割れ、義直様に刃を向けることになれば、御屋形様と戦う事は不利でございます。」

「ではまだしばらく自重せねばなりませんか？」

「はい、この身に宿った子が娘ならば、三好に嫁がせて縁を深く致しましょう。」

「私は弟でも妹でも無事に生まれてくれれば嬉しく思いますが、そう言ってはいけないのでしょうね。それにその胎の子も、私の為の父上から御種を頂いてくださったのですね！」

「今川家を背負う心算なら、弟や妹を上手く使いこなして頂かねばなりません。」

「心致します。」