「婚約破棄」「ざまあ」短編集5巻

克全

第3話

「ヘルメース神の聖女エルサ。
それはいい考えではないと思うな。
先ほども言ったが、神々を争わせたいのかい?
僕を拘束なんてしたら、ミスラ神がお怒りになってしまうよ」

リーアム王子は、堂々と話しているように見せかけていますが、ヘルメース神から狡知と詐術と計略の神性を授かっている私には、内心の動揺が手に取るように分かります。

ですが、だからこそ、ここで油断するわけにはいきません。
窮鼠猫を嚙むという言葉もあるように、追い込まれたリーアム王子が、私を人質にとって逃げようとする可能性もあるのです。

「そうですね。
ここはよく考えた方がいいですね。
結論を急ぐのは失敗の元ですね。
私は国王陛下に事情を話さなければいけませんので、ここに残りますが、リーアム王子は離宮でお休みください」

「ああ、今日は想定外の事が多く起きたので疲れてしまったよ。
離宮でゆっくりと休ませてもらうよ。
ただ、ヴィンセントに貸した銀五千枚の事は、ウィリアム陛下の耳に入れておいて欲しいね」

愚かなリーアム。
博打の負け銀五千枚を、貸金と言葉を変えようとしても、そうはいきませんよ。
それに、これだけ距離が離れたら、もう一撃で私をとらえる事はできません。
槍術と剣術の名手と評されていても、それはあくまで訓練の場だけの事。
実戦経験は少ないのでしょうね。

「そうですわね。
博打での負け金の話はしておきますわ。
友情と友愛の守護神ミスラ様が、友人間の博打の勝ち負けをどう考えられるのか。
そもそも最初に友情と友愛をどちらが先に裏切ったのか、ミスラ神様はどう判断されるのでしょうね?
その判断次第では、スケフィントン王家は滅びるかもしれませんわね」

私の言葉を受けて、リーアムの顔色は真っ青になりました。
軽く手が震えています。
自分でもやましいことがある事を自覚しているのでしょう。
たぶん賓客用の離宮には戻らず、このまま逃げるつもりですね。

ですが、王都から国境までは、不眠不休で馬を走らせても十日はかかります。
普通に眠れば二十日はかかります。
しかも馬駅舎ごとに替え馬を用意しなければいけません。
実質的には逃亡など不可能ですが、そんな正常な判断はできないでしょうね。

「ああ、頭が痛くなってしまった。
もう休ませてもらうよ」

カクカクと不自然な動きでリーアムが逃げて行きました。
気が緩んだのか、その場にしゃがみ込みそうになりましたが、必死で自分を叱咤激励して、私を注視している近衛騎士達に気丈なところを見せなければいけません。
これから国王とやり合わなければならないのですから。

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