「婚約破棄」「ざまあ」短編集5巻

克全

第8話

羽が生えています!
ティシュトリヤの背中に羽が生え、空を飛んでいるのです。
私とサラを背にしているというのに、軽々と空を翔けるのです。

「すごい、すごい、すごい!
きれい、とてもきれい!
もっととんで、もっともっととんで!」

(いいですよ。
サラが飽きるまで飛んであげましょう)

ティシュトリヤの言葉が心に伝わります。
魔法などでむりやり頭に響かせる魔話ではありません。
もっと優しい、相手を思いやった心話です!
ティシュトリヤにこんな力があるなんて知りませんでした。
本来の持ち主である父上もご存じないです。
こんな信じられない能力があるから、インキタトゥスは連れて行けと言ったのでしょうが、知っていたなら最初から話しておきなさい!

最初に話しかけられた時は、心臓が口から飛び出るかと思うくらい驚きました。
空を飛んだことが楽しくて、騒いでしまったサラを注意した時でした。
『いくら騒いでも大丈夫ですよ。
魔法で空間を閉鎖していますから、外に音は漏れませんよ』
そう心にティシュトリヤの言葉が伝わってきたのです。
これで驚かない方がどうかしています。

今はサラが望むままに空を翔けています。
でもそれほど高く飛んでいるわけではありません。
森より五メートルほど上空です。
インキタトゥスの言っていた、高く上がり過ぎるのは危険という事でしょう。
それでなくても高山に逃げ込んでいたのです。
王太子軍を置き去りにして、高山を下っているとはいえ、高く飛ばない方がいいでしょう。

もう空の上からでも王太子軍は全く見えません。
とはいっても、さっきの部隊だけが的確に私たちを探し当てたわけではなく、多くの部隊が分散して探しているはずです。
どこに逃げるにしても、彼らに見つからないようにしなければいけません。
ティシュトリヤの空間を閉鎖する魔法は常時使えるのでしょうか?

(大丈夫ですよ。
常時発動することができますよ。
でもそれでは愉しくないでしょ。
サラを狭いところに閉じ込めておくのは可哀想です。
危ない時にだけ使いましょうね)

ティシュトリヤはまるで母親のように優しですね。
でもちょっと嘘をついていますね。
その嘘が私にバレている事も理解した上で伝えてきていますね。
王太子軍と追いかけっこした方が楽しいという本音を!
私の馬たちはひと癖もふた癖もあり過ぎです!

(サラが眠そうにしています。
そろそろ待ち合わせの場所に行きますね。
マリーア嬢はサラが私から落ちないようにしてください)

ティシュトリヤの言われて初めてサラがウトウトしているのに気がつきました。
慌てて優しく抱きしめました。
壊れそうなくらい痩せ細った身体です。
思わず涙が出てしまいました。

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