「溺愛」「婚約破棄」「ざまあ」短編集2

克全

第11話追放40日目の出来事

「★▽◆☆▼□!」

いつものように癇性を起こすバラク公爵家令嬢ジャスミンだが、誰にも何を言っているか理解できなかった。
分かるのは理不尽に怒り、また侍女に八つ当たりしている事だった。
毎朝繰り返される、当番侍女の苦行だった。
ここが痛い、そこが痒い、髪があれている、シミが増えた、白髪ができたと言っては、何の責任もない侍女を鞭打つのだ。

特に二日前は酷かった。
髪がごっそり抜けて、まだらに禿たのだ。
その時の怒りようはまるで狂女で、鞭うたれた侍女は今もベットで寝たきりだ。
それでも、急ぎ部分カツラを作らせて、王太子の夜会に参加するのだから、根性があると言えなくもない。

だがそれはジャスミンに限ったことではない。
王太子の婚約者候補と噂されている残る三大公爵家の二人の令嬢も、禿げ頭に部分カツラをつけて夜会に参加したというのだから、三人とも引くに引けないのだろう。
侍女はそう思いながら、癇性の激しいジャスミン嬢の世話をする。
鞭うたれないように、これ以上怒らせないように、細心の注意を払って。

当番侍女は急いで他の侍女に声をかけ、人海戦術をとった。
人数と時間をかけなければ、ジャスミン嬢を人前に出せる姿にできないのだ。
厚化粧をしていない時のジャスミン嬢は、見るも無残な姿だった。
四十代の母親以上にシワとシミが多い肌だ。
少しでも潤いと取り戻させるために、出入りの錬金術師に作らせた美容液を刷り込み、その後で厚く化粧を塗っていく。
まるで壁を塗っているような厚みでないと、下のシワもシミも隠せない。

体臭も壮年の男性のように濃く刺激的だ。
いや、それでけでなく、まるで便のような臭さまである。
侍女達は吐き気をこらえながら、ジャスミン嬢を見られる姿にする。
それでも、夜会に出られる姿にするのが精一杯だ。
昼の日差しの下では、カツラとをつけて厚化粧した姿は、化け物同然だった。

「グズグズしないで!
それに、ゴホッゴホッ。
この、ゴホッゴホッ。
このていど、ゴホッゴホッ。
にしかゴホッゴホッ。
できないの!」

ようやくしわがれ声が聞き取れるようになってきた。
それでも、まるで老人のように声がかすれている。
それどころか、途中で何度も咳込んで、つっかえつっかえの悪態だ。
まるで迫力がないが、手に鞭を握り締めているから油断できない。

侍女達は一様に使用人ネットワークの噂を思い出していた。
三大王爵家の令嬢に限らず、王太子に近い傲慢な貴族子弟子女が、同じように体調を崩していると。
最近では、常に鼻声で鼻水を流すばかりか、痰が切れず喉をゴロゴロ言わせ、激し咳を繰り返し、中には血を吐く者までいるという。
そう思い至った侍女は、疫病の可能性が浮かび、ジャスミン嬢に触れるのが心底怖くなった。

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