「ざまぁ」「婚約破棄」短編集4巻

克全

第1話

私は見てしまったのです。
婚約者のジェイコブ王太子殿下が、妹のルシアと情を通じている所を。
見たくて見た訳ではありません。
自分から見に行ったわけでもありません。
全く偶然見てしまったのです。

ルシアは私と違って美しい娘です。
耳まで長さの白銀色の髪は全く癖がなく、女神かと見間違うほど美しいです。
独特の、人間とは思えない赤銀色の瞳で見つめられたら、ふらふらと付いて行ってしまうのは、しかたがありません。
透明感のある赤味がかった肌は、無意識に口付けしてしまいます。

私が王太子でも、婚約者がいたとしても、ルシアに見つめられたら、ルシアに声をかけられたら、ついて行ってしまうでしょう。
それが分かっているからこそ、ジェイコブ王太子殿下を責める事はできません。
妹のルシアが悪いわけでもないのです。
魅力的な女性に産まれたことは、ルシアのせいではないのです。

「ウォード公爵家令嬢カルラ。
君に詫びなければいけない事がある。
私は真実の愛を見つけてしまったのだ。
もうこの愛を隠す事はできなくなってしまった」

「お待ちください王太子殿下。
それ以上は何も申されないでください。
殿下のお気持ちは分かります。
私は殿下の真実の愛を邪魔する気はありません。
私から婚約解消を申し出させて頂きます。
殿下は愛する人と一緒になられて下さい。
私は神殿に入って、殿下とルシアの幸せを祈らせていただきます」

ジェイコブ王太子殿下の気持ちは分かります。
妹ルシアが悪いわけではないのも理解しています。
ですが、私が傷ついていない訳ではないのです。
幼い頃から結婚相手だと思っていた王太子殿下を、劣等感を刺激するほど美しい妹に奪われたのは、厳然たる事実なのです。

この世を儚んで、何もかも捨ててしまいたくなるのです。
死んでしまったら、王太子殿下もルシアも気に病むでしょうから、自害する訳にはいかないのです。
でも、だからといって、陰口を叩かれるであろう社交界で、平然と生きて行けるほど図太い女ではないのです。

王太子殿下とルシアを、できるだけ傷つけないようにして、社交界から完全に離れるには、神殿に入って神に祈る日々を選ぶしかありませんでした。
古い時代の守護神様を祀る、王都からはるか遠くにある、聖地近くの古い神殿に入るしか道はなかったのです。
私は実家からも社交界から離れ、一切の連絡を絶って、ひたすら神に祈る生活をしていたのです。

でも、別の道を選ぶべきでした。
王太子殿下と妹のルシアを責めるべきでした。
責めて事の善悪を明確にすべきでした。
そうしていれば、こんな苦しみを味わう事はなかったのです。


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