「ざまぁ」「婚約破棄」短編集4巻

克全

第2話

「私のために辛い思いをさせてすまなかった。
何か餞別をあげたいと思ったのだが、それすら禁止されている。
皇帝陛下と皇后陛下に願っても、これだけしか認められなかった。
申し訳なく恥ずかしく思う」

そう言って、皇太子殿下は私に香水を渡してくださいました。
武器や金銭は禁止だと国法に明記されてします。
今後生きていくのに役立つモノは、すべて禁止されています。
七転八倒するほどの激痛と共に彫られた額の刺青を隠す、化粧品も駄目です。
その法の眼をかいくぐって、香水を探し出してくれたのでしょう。

(これは魔獣除けの成分が含まれている。
いざという時は魔境に逃げ込みなさい)

私だけに聞こえるような小声で、王太子殿下が囁いてくださいました。
本当にありがたいです。
この香水があれば生き残れるかもしれない。
なんて期待はしていません。
でも心配してくださる王太子殿下に、これ以上ご心配をかける訳にはいきません。
全ての元凶は、王太子殿下ではなく父なのですから。

私は馬車に乗せられました。
国境まで運ばれるのです。
皇国内で晒し者にするというのが刺青刑の建前ですが、実際には違います。
皇太子婚約者争いの実情を知っている民は、敗れた候補者に寛大です。

それに元々は由緒ある貴族家の令嬢なのです。
匿って、あわよくば妻に迎えようとする者がいたのです。
実際に子供までできて、後に大問題になったことがあるのです。
だから最近では、国境まで皇国騎士団が護送するようになっています。

「クララ嬢。
今回の件は同情する。
だが任務は任務だ。
ここで別れさせてもらう」

皇都から五十日かけて国境まで護衛してくれた騎士長が、きっぱりと言い切る。
旅の間の態度を見れば、私に同情してくれているのは確かです。
同時に役目に生真面目で融通が利かない性格なのも、理解しています。
これ以上の好意を期待する気はありません。

私は小銅貨一枚も持っていませんから、国境を越える通過料は騎士長が払ってくれますが、その時から厭らしい視線を感じています。
まるで私の身体を舐めまわすような、おぞましく不愉快な視線です。
私の事情を知っている、バークレー王国の国境警備兵でしょう。
騎士隊長がいなくなれば、私を襲うつもりです。

ここまでの命のようですね。
恥辱にまみれるくらいなら、自害するしかありません。
彼らを慈悲にすがりたくて、誘っているように思われるのは嫌ですが、せっかく皇太子殿下がくださった香水を一度もつけずに死ぬのは失礼ですね。
私は死に装束の心算で、皇太子殿下から頂いた香水をつけて、一人国境を護る城門を超えました。

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