「溺愛」「婚約破棄」「ざまあ」短編集3

克全

第7話中世の居酒屋

「カサンドラ、エールをくれ。
ソーセージも一皿追加だ」

「はい、ちょっと待ててね」

今日も猪豚亭は喧騒に包まれて大繁盛です。
カウンターとテーブルは人で一杯です。
なかには席につけずに立ち飲みしている者までいます。
まあ、美味しくて安い店に人が集まるのは当然です。
元々村民は飲み歌い騒ぐのが楽しみなのです。
苦しい生活の中で唯一の娯楽が酒と歌なのです。

安物のヴァイオリンを弾く楽士にあわせて、調子外れの歌声が響きます。
楽器のない者は膝を叩いています。
今日は未開地で大猪を狩ったので、私も村の新参者として、肉の一部を振舞わなければいけません。

まあ、ふるまわれる肉の分、村の人達はなけなしの小銭で、エールやリンゴ酒を買ってくれますから、損をしているわけではありません。
そもそも貧しいこの村には、飼っている動物を屠殺した時には、必ずご近所にふるまうべしという不文律がある。
私の場合は、この村に一軒しかない宿屋兼居酒屋の養女になったという扱いですから、村人全体にふるまうことになります。

多くの村人が、一生村から出ずに死んでいきます。
村々を結ぶ道は、深い森を縫うような獣道しかありません。
恐ろし野獣が闊歩する道を、戦う事のできない農民が旅するなど、命を捨てるようなモノなのです。
そんな村人にとって、旅人が泊まり色々な話が聞ける宿屋兼居酒屋は、外の世界と繋がっている窓口なのです。

毎日過酷な農作業を繰り返すのに、貧しい生活しかできない村人にとって、最大の楽しみは年に一度の祭りです。
次に居酒屋で行われる結婚式です。
二人三人の人がいて一杯のエールがあれば、今日生きている事の喜び、村人が共に助け合っている事の喜びを表現するために、歌い踊り騒ぐのです。

私はそんな村人に出会って驚きました。
生命の躍動を感じ、感動しました。
ロキ神に邪魔されて、東のラゼル大公国に逃げ込むことができず、しかたなく北のトリエステ王国に入国しましたが、今ではロキ神に感謝したいくらいです。
私はこの村が大好きです。

この村の人々は、仕事の時は家の中でも外でも関係なく歌います。
教会で祈る時も歌います。
嬉しい時も哀しい時も、結婚式でも葬式でも、その感情を歌に込めるのです。
そして今日は宴会で、ふるまい肉を食べられる喜びを、私に対する感謝を、歌で表してくれるのです。
こんな事をされたら、ついつい多めに肉をふるまってしまいます。

「今日は大物が狩れたから、いつもはふるまわない精肉もおまけするよ。
腕肉のローストをおまけするから、公平に分けとくれ」



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