第63話

「ママ、ママ、ママ」

「まあ、アレクサンダー様。
ノドン子爵閣下は大変なのですよ。
行かれてはいけません」

「構わないわ。
今日は悪阻も軽いのよ。
たまには抱っこしてあげないとね」

「だっこ！
ママ、だっこ！
だっこ、だっこ、だっこ！」

「はい、ほら、可愛いわね」

「ママ、ママ、ママ、ママ」

アレクサンダーがとても甘えてくれます。
妊娠してから相手をしてあげる時間が減ったので、甘えたさんになったのかもしれませんが、むしろ嬉しく思ってしまいます。
こんな事では貴族失格ですね。
普通の貴族なら授乳は乳母任せで、抱いたことすらない母親もいるそうです。

でも、私はそんな親子関係は嫌です。
ゴードン公爵家を出て庶民の生活をしていたのは、凄く短期間でした。
ですが、その短期間に得たモノは、とても貴重なモノが多いのです。
その一つが、庶民の母子が凄く濃密な関係だった事です。
私は、自分の子供とは、庶民のような濃密な関係になりたいのです。
そのための努力なら、多少睡眠時間が少なくなってもかまわないのです。

「オンギャア、オンギャア、オンギャア、オンギャア」

「閣下。
スライダイ様がお乳を欲しがっておられます。
いかがなされますか？」

スライダイの乳母が、お腹を空かせて泣いているスライダイを、私の所まで連れてきてくれました。
普通の貴族なら乳母が自由にお乳をあげるのでしょうが、私は自分であげられる時は自分のお乳をあげるので、乳母に連れてくるように命じているのです。

「私があげます。
抱かせてください。
アレクサンダー、少し待っていてください」

「いや！
ぼくも、ぼくも、ぼくも」

甘えん坊さんになっているアレクサンダーはスライダイに嫉妬しているようです。
そんな姿がとても愛おしいです。

「ダメでございますよ、アレクサンダー様。
アレクサンダー様はもう大きのですよ。
どうしても欲しなら乳母が差し上げます」

アレクサンダーの乳母が注意してくれます。
直ぐにでも自分の乳をあげそうな雰囲気です。
乳母がアレクサンダーを愛してくれているのが伝わってきて、とてもうれしくなりますが、私も愛情では負けていませんよ。

「いや、いや、いや、いや、いや。
ママ、ママ、ママ、ママ、ママ」

「分かっていますよ、アレクサンダー。
ちゃんと私があげますから、心配しなくてもいいのですよ。
でも、アレクサンダーはお兄ちゃんですから、弟のスライダイを可愛がってあげなくてはいけないのですよ。
半分ずつ、左右に分かれて飲むのですよ。
分かりましたか？」

「はい、ママ」