魔法武士・種子島時堯
第269話蝦夷地(北海道)合戦
1547年8月:蝦夷・石狩国・石狩城:種子島時堯と種子島時立
「権大納言様、この度の不始末申し訳もございません」
「いやいや叔父上、今回の蠣崎季広との合戦は仕方のない事でございます」
「有り難き御言葉なれど、権大納言様から事前に蠣崎季広などの和人とアイヌの諍いには注意するように教えて頂いておりました。それなのにこのような失態をしでかしてしまいました、信賞必罰を旨とする種子島家の家法に従い、厳罰に処した頂きとうございます」
「そうですか、では本来ならば蝦夷地周辺を平定した褒美として、蝦夷・樺太・千島・沿海・勘察加の責任者として統治を任せるところですが、苦難多き新たな遠征軍の総司令官として大陸に渡って頂きましょう」
「権大納言様!」
「頼りにしておりますよ、叔父上」
「権大納言様の寛大なお心に報いるべく、必ずやこの度の汚名を雪いで見せます!」
「次の遠征は蝦夷遠征よりも困難でございます、少々の敗戦や謀叛など気になされませんように」
「はい、はい、はい、真に、有り難き幸せにございます」
叔父上は涙を流して喜んで下さっているが、俺としては、蠣崎家の内紛を見切りきれなかったのは自分の能力不足で、叔父上の責任ではないと思っている。
1456年の「コシャマインの蜂起」以来、渡島国に住む和人国衆・地侍の横暴と不平等な交易が原因で、和人国衆とアイヌ人の合戦が度々起こっていた。
だが種子島家がアイヌと平等な交易を始めた事で、和人国衆は収入の道を断たれるか、アイヌとの平等な交易に切り替えるしかない状況に追い込まれていた。
しかしながら、種子島家がアイヌの奴隷を根こそぎ購入した事で、アイヌの戦力が著しく低下した。これを好機と考えた蠣崎季広が、「夷狄の商舶往還の法度」と言う表向きアイヌを立てたように見える不平等条約を結ぼうとした。
これが秘かに平和裏に行われたのなら、種子島家も介入の理由に困ったのだろうが、幼い女の身で蠣崎家の跡目を狙っていた蠣崎季広の娘が、「夷狄の商舶往還の法度」の策略を知らせて来たのだ。
叔父上はこの事を知って急ぎアイヌの五大部族長と会い、いかにこの法度がアイヌに不利であるかを説明した。この事が長年に渡って和人国衆に騙され続けてきたアイヌを激怒させ、アイヌ軍が道南十二館に攻め込む事態を引き起こした。
だが残念ながら、奴隷の大半を種子島家に売り払ったアイヌの戦力は激減しており、五大部族も長年反目していた事でアイヌ同士の協力体制も築けず、蠣崎季広率いる和人国衆連合軍の反撃を受けることになってしまった。
叔父上はこの事態を、種子島家による蝦夷統一の好機ととらえられたのだろう。五大部族長に種子島家の家臣となる事を持ちかけ、了承させる事に成功された。これには種子島家に買い取られた元アイヌ奴隷の生活がアイヌの平民より豊かになり、その噂が全アイヌに広がっていた事が大きかった。奴隷の大半を失い、最下級が平民となったアイヌは、その平民が元奴隷以下の生活をしている事で、部族長の権威が著しく低下していた。
最大勢力になったアイヌ平民層は、和人国衆との合戦で守勢に追い込まれ、元奴隷と同じ生活を叔父上に保証された事で、部族長から離反して種子島家に仕える決断をしたのだ。この事でアイヌの五大部族は崩壊し、種子島家の直轄地への道を進み出した。叔父上には感謝こそすれ、罰を与える謂れなど全くないのだ。
五大部族を家臣化された叔父上は、蝦夷管領を自称する安東家から上国守護に任じられてる蠣崎季広を滅ぼす決断をされた。いや、蠣崎季広だけではなく、松前守護の相原周防政胤も下国守護の茂別下国式部師季も含め、全和人国衆・地侍を滅ぼす覚悟をされたのだ。
俺が尼子家との戦いで動けないことを見込んで、あわよくば莫大な価値に膨れ上がった蝦夷地利権の全てを横取りしようと、自称蝦夷管領の安東尋季が裏で策謀していた事も、蠣崎季広の娘からの情報で分かっていた。
叔父上は蝦夷方面軍に付けられている海軍艦艇の内、動員可能な戦力を安東領の湊を海上封鎖する事に使われた。これによって安東家を威圧し動きを封じた上で、大砲と士筒級火縄銃を大動員をして道南十二館に攻め込まれた。
この攻撃軍の主力となったのは、種子島家で十二分な訓練を受けた元アイヌ奴隷兵で、先祖代々和人国衆に騙され裏切られ謀殺された事を伝え聞いて育っている。その怨みを晴らす絶好の機会でもあり、戦意は天を突かんばかりに旺盛であったようだ。
蠣崎季広に近かった国衆や家臣化されていた国衆は、俺が不在な事もあって逆撃を図ったのだが、士筒級の火縄銃で遠距離十段射撃を受けた上に、毒矢を使った百発百中のアイヌ弓射に射すくめられ、碌な抵抗も出来ずに壊乱して城に逃げ出した。
しかしながら、籠城しても種子島家海軍艦艇から降ろした大砲により、城門や城壁を完膚なきまでに破壊された上、射角を上げた臼砲射撃によって、そもそも城門も城壁も役に立たない状況となった。
花沢館などの蠣崎に味方した城砦は完膚なきまでに破壊され、蠣崎季広と反目していた国衆・地侍が種子島家に降伏臣従してきた。叔父上は誇る事はあっても謝る必要などないのだが、俺が今まで使わずにいた火縄銃による十段射撃や、大砲による曲射法を使った事を詫びておられるのかもしれない。
だがむしろ俺は、叔父上が味方の被害を少なくする為に、鉄砲や大砲を活用された事を評価している。だからこそ叔父上には、シベリアを渡ってロシア帝国に攻め込む総指揮官になってもらったのだ。
「権大納言様、この度の不始末申し訳もございません」
「いやいや叔父上、今回の蠣崎季広との合戦は仕方のない事でございます」
「有り難き御言葉なれど、権大納言様から事前に蠣崎季広などの和人とアイヌの諍いには注意するように教えて頂いておりました。それなのにこのような失態をしでかしてしまいました、信賞必罰を旨とする種子島家の家法に従い、厳罰に処した頂きとうございます」
「そうですか、では本来ならば蝦夷地周辺を平定した褒美として、蝦夷・樺太・千島・沿海・勘察加の責任者として統治を任せるところですが、苦難多き新たな遠征軍の総司令官として大陸に渡って頂きましょう」
「権大納言様!」
「頼りにしておりますよ、叔父上」
「権大納言様の寛大なお心に報いるべく、必ずやこの度の汚名を雪いで見せます!」
「次の遠征は蝦夷遠征よりも困難でございます、少々の敗戦や謀叛など気になされませんように」
「はい、はい、はい、真に、有り難き幸せにございます」
叔父上は涙を流して喜んで下さっているが、俺としては、蠣崎家の内紛を見切りきれなかったのは自分の能力不足で、叔父上の責任ではないと思っている。
1456年の「コシャマインの蜂起」以来、渡島国に住む和人国衆・地侍の横暴と不平等な交易が原因で、和人国衆とアイヌ人の合戦が度々起こっていた。
だが種子島家がアイヌと平等な交易を始めた事で、和人国衆は収入の道を断たれるか、アイヌとの平等な交易に切り替えるしかない状況に追い込まれていた。
しかしながら、種子島家がアイヌの奴隷を根こそぎ購入した事で、アイヌの戦力が著しく低下した。これを好機と考えた蠣崎季広が、「夷狄の商舶往還の法度」と言う表向きアイヌを立てたように見える不平等条約を結ぼうとした。
これが秘かに平和裏に行われたのなら、種子島家も介入の理由に困ったのだろうが、幼い女の身で蠣崎家の跡目を狙っていた蠣崎季広の娘が、「夷狄の商舶往還の法度」の策略を知らせて来たのだ。
叔父上はこの事を知って急ぎアイヌの五大部族長と会い、いかにこの法度がアイヌに不利であるかを説明した。この事が長年に渡って和人国衆に騙され続けてきたアイヌを激怒させ、アイヌ軍が道南十二館に攻め込む事態を引き起こした。
だが残念ながら、奴隷の大半を種子島家に売り払ったアイヌの戦力は激減しており、五大部族も長年反目していた事でアイヌ同士の協力体制も築けず、蠣崎季広率いる和人国衆連合軍の反撃を受けることになってしまった。
叔父上はこの事態を、種子島家による蝦夷統一の好機ととらえられたのだろう。五大部族長に種子島家の家臣となる事を持ちかけ、了承させる事に成功された。これには種子島家に買い取られた元アイヌ奴隷の生活がアイヌの平民より豊かになり、その噂が全アイヌに広がっていた事が大きかった。奴隷の大半を失い、最下級が平民となったアイヌは、その平民が元奴隷以下の生活をしている事で、部族長の権威が著しく低下していた。
最大勢力になったアイヌ平民層は、和人国衆との合戦で守勢に追い込まれ、元奴隷と同じ生活を叔父上に保証された事で、部族長から離反して種子島家に仕える決断をしたのだ。この事でアイヌの五大部族は崩壊し、種子島家の直轄地への道を進み出した。叔父上には感謝こそすれ、罰を与える謂れなど全くないのだ。
五大部族を家臣化された叔父上は、蝦夷管領を自称する安東家から上国守護に任じられてる蠣崎季広を滅ぼす決断をされた。いや、蠣崎季広だけではなく、松前守護の相原周防政胤も下国守護の茂別下国式部師季も含め、全和人国衆・地侍を滅ぼす覚悟をされたのだ。
俺が尼子家との戦いで動けないことを見込んで、あわよくば莫大な価値に膨れ上がった蝦夷地利権の全てを横取りしようと、自称蝦夷管領の安東尋季が裏で策謀していた事も、蠣崎季広の娘からの情報で分かっていた。
叔父上は蝦夷方面軍に付けられている海軍艦艇の内、動員可能な戦力を安東領の湊を海上封鎖する事に使われた。これによって安東家を威圧し動きを封じた上で、大砲と士筒級火縄銃を大動員をして道南十二館に攻め込まれた。
この攻撃軍の主力となったのは、種子島家で十二分な訓練を受けた元アイヌ奴隷兵で、先祖代々和人国衆に騙され裏切られ謀殺された事を伝え聞いて育っている。その怨みを晴らす絶好の機会でもあり、戦意は天を突かんばかりに旺盛であったようだ。
蠣崎季広に近かった国衆や家臣化されていた国衆は、俺が不在な事もあって逆撃を図ったのだが、士筒級の火縄銃で遠距離十段射撃を受けた上に、毒矢を使った百発百中のアイヌ弓射に射すくめられ、碌な抵抗も出来ずに壊乱して城に逃げ出した。
しかしながら、籠城しても種子島家海軍艦艇から降ろした大砲により、城門や城壁を完膚なきまでに破壊された上、射角を上げた臼砲射撃によって、そもそも城門も城壁も役に立たない状況となった。
花沢館などの蠣崎に味方した城砦は完膚なきまでに破壊され、蠣崎季広と反目していた国衆・地侍が種子島家に降伏臣従してきた。叔父上は誇る事はあっても謝る必要などないのだが、俺が今まで使わずにいた火縄銃による十段射撃や、大砲による曲射法を使った事を詫びておられるのかもしれない。
だがむしろ俺は、叔父上が味方の被害を少なくする為に、鉄砲や大砲を活用された事を評価している。だからこそ叔父上には、シベリアを渡ってロシア帝国に攻め込む総指揮官になってもらったのだ。
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