立見家武芸帖

克全

第91話家臣14

「両名とも父親の仇討ち本懐を果たし天晴である。
これは褒美の脇差である。
受け取るがよい」

「「は、あり難き幸せでございます」」

重太郎が作法通りに下賜された脇差を受け取った。
このような事は想定していなかったので、粗相をするかもしれないと慌てたが、我よりもよほど礼儀にかなった所作である。
我も少しは礼儀作法を学ばねばならん。

西ノ丸様がとても感動されたようだ。
まあ、そうでなければ愛用の脇差を下賜したりはしないな。
お陰で重太郎の前途は洋々だ。
能美家の元の家禄は五十石だが、不作と凶作の繰り返す八戸藩では、分掛として扶持の半分を藩に返上させられる。

知行地が五十石だと、領民から修められる米は五十俵だが、そのうちの二十五俵を藩に上納するとなれば、自分達が手に入れらえるのは二十五俵しかない。
二十五俵で家族五人が食べていくのはとても苦しい。
まして重太郎は嫁取りをしなければいけない。
妹二人を嫁がせなければいけない。
僅か二十五俵でそれをするのは事実上不可能だ。

だが、仇討ち本懐をとげ、西ノ丸様から褒美の脇差を賜ったとなれば、藩も大幅に加増しなければ面目が立たなくなる。
勝手向きが厳しいから、どのような結末になるかは分からないが、生活に困窮する事だけはなくなるだろう。
まあ、我が納得できないような待遇を押し付けてくるのなら、読売を使って八戸南部家を徹底的に叩いてやる。

「先生。
ありがとうございます。
御陰様で憎き鮫島全次郎を討ち取ることができました。
全て先生の御陰でございます」

「気にするな。
師として武士として当たり前のことをしただけだ。
今日は無礼講にするから、皆で思いっきり飲み喰いするがいい。
我がいると羽目を外すことができまい。
我はこれで奥に引っ込むから、皆で重太郎を称えてやってくれ」

屋敷に戻って、仇討ち本懐をとげた宴を開くことになった。
本当は我も無礼講に加わりたかったが、師である我がいては気詰まりな事くらい分かっているから、仕方なく参加を諦めた。
だが誰も見守る者がいないと、無礼講が乱行になってしまう。
師範代の銀次郎兄上と虎次郎がいてくれるから、適当な所で納まるだろう。

それよりも我が考えなければいけないのは、重太郎と景次郎の売込みだ。
仇討ちの偉業を一時の事に納めずに、江戸中に広めるのだ。
読売を使って知らしめるだけでなく、歌舞伎や落語の演目にして、長く人々の口の端に上るようにしなければならない。

幸いにして、我と力太郎の話は、歌舞伎と落語の演目になっている。
我との師弟愛を題材にしたり、西ノ丸様の眼に留まって脇差を拝領した事を題材にすれば、結構人気の演目になるだろう。
放っておいても読売が書き立てるだろうが、我が内容を考えて売り込んでやろう。

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