立見家武芸帖

克全

第89話家臣12

「ここでございます」

「案内ありがとう」

「うまい隠れ家を見つけやがったものですね、殿様」

我が鮫島全次郎の隠れ家に案内してくれた非人に礼を言うと、伊之助が言葉を挟んできたが、確かに伊之助の言う通りだ。
鮫島全次郎は博徒に姿を変え、破戒僧が悪行の限りを尽くす廣徳寺で、賭場を任されているのだ。

敵討ちの届け出は、八戸藩から幕府の三奉行に出してくれている。
だが三奉行は本気で探索などしていない。
偶々別の罪で捕まらない限り、敵が見つかる事などない。
いや、他の罪で捕まったとしても、敵が自ら自白しない限り、兇状持ちだという事は分からないのだ。
今回も、鮫島全次郎は寺社奉行が取り仕切る寺に逃げこんでいるから、能美家の者が必死で探しても、普通は見つからない。

我はひと目見て鮫島全次郎が只者ではないと理解した。
剣の腕自体は分からないが、眼が尋常ではない。
人を殺し慣れた者独特の、いや、殺す事に快楽を感じる者特有の眼つきだ。
町奉行所同心の家に生まれ、多くの罪人を見てきたからこそ、そういう者の気配が分かるようになってしまった。

まあ、武芸者になると言い張った我を心配して、父がそのような鍛錬をさせたのだから、自業自得なのだがな。
さて、どうしたものだろうか。
このような者は、危険を感じたら直ぐに逃げ出してしまう。
廣徳寺の住職は勿論、寺社奉行所の役人にも賄賂を贈っているだろうから、正規の手続きで捕まえようとしたら、確実に逃げられてしまうだろう。

「悩んでおられますね、殿様。
また読売を使うんですよ。
そうすれば寺社奉行所の腐れ役人も、悪事に手を貸せなくなりますよ」

やはりその方法しかないか。
どうも我は伊之助に毒されてしまったようだ。
何かにつけて読売を利用してしまう。
だが読売を利用する方法が、一番確実に仇討ちを成功させられるだろう。
だがその前に、八戸藩がちゃんと仇討ちの届け出をしてくれているか、確認しておかなければならない。

もし八戸藩が届け出をしてくれていなかったら、能美家も我も人殺しになる。
そんな事は真っ平御免である。
能美家の話では、鮫島全次郎は八戸藩立藩二十一分士に連なる、八戸藩では名家で、藩の重役とも遠い縁戚であるという。
もしかしたら、仇討ちの届け出がされていないという可能性もあるのだ。
それを確かめるために、南町奉行所に届けられているか確かめることにした。

「精一郎殿、申し訳ない。
御役目で忙しいのに、我の私用で書庫を探させてしまう」

我は南町奉行所のいる兄上と清一郎殿を訊ねた。
定町廻り同心の兄上と清一郎殿が奉行所にいる時間は少ないが、今日は幸いおられたので、書庫管理の同心に許可をとってくれて、八戸藩から仇討ちの届け出が出ているか確認してくれた。

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