立見家武芸帖

克全

第82話家臣5

「本当に私達まで食べさせてもらっていいのですか」

「構いませんよ、奥さん。
ここは武芸道場ですから、弟子に食事を振舞う事も多いのですよ。
その代わり弟子達には色々働いてもらうのです。
息子さんに手伝ってもらう代わりに、食事をしてもらうだけですよ」

台所でおいよさんが重太郎の家族に食事を勧めている。
今回は書院で話すのではなく、台所近くの部屋で話をしている。
家族を遠くは離しては、重太郎が不安に思うだろうからだ。
我の評判は聞いているようだが、見ると聞くとでは大違いという事もある。
我が家族を害するかもしれないと思わせてはいけないのだ。

「あの、あの子はまだ元服したばかりです。
それに、大望のある身でもございます。
一廉の道場主殿の御役に立てるとは思えません」

「さあ、それは私にもわかりません。
でも家の殿様は、困っている人を見過ごせない方なんですよ」

「それは、重太郎が何か相談を持ち掛けたという事でしょうか」

「それは分かりません。
ですが家の殿様がよく申されるのは、腹が減って戦ができないです。
まずはお腹いっぱい食べてからにしませんか」

「ありがとうございます。
そこまで言ってくださるのなら、遠慮せず食べさせていただきます。
さあ、いただきなさい」

「「「いただきます」」」

重太郎が台所の会話に聞き耳を立てている。
家族の事が気にかかるのだろう。
先ほど挨拶したが、家族全員が貧にやつれていた。
重太郎の話では、ここ数日ろくに食事ができていないという。
それなのに、食べ物を前にして騒ぐことなく我慢している。
母親しかいなかったが、立派に育てられている。

「今日は本当にありがとうございます。
この御恩は生涯忘れません」

家族が食事をする気配に、重太郎が深々と礼を言う。

「そうか、ならば、我の話が納得出来たら、仕事を手伝ってもらいたい」

「私に先生を手伝えるような事があるのでしょうか」

話を聞いてくれる気になったようだ。

「ああ、あるとも。
我は色んな所に出稽古に行っているのだが、代稽古を頼める腕前の弟子が少なくて困っているのだ。
我の弟子になって、代稽古をやってはくれるぬか」

「私を弟子にしてくださるのですか。
ですが私には束脩も謝儀も払えません」

「内弟子に束脩や謝儀は不用だ。
その代わり、我の代わりに門弟達に稽古をつけてもらいたい。
河や砂浜に行って、槍の鍛錬に魚を突いてもらう」

「それならば私のもやれると思いますが、私には家族がいます。
長男の私には、家族を食べさせる責任があります。
せっかくのお話ですが、お断りさせていただきます」

「そうか、ならばこうしてはどうかな。
重太郎の家族を下働きに雇おう。
住み込みで飯付きだ、これならば心置きなく武芸の修行ができるのではないか」

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