立見家武芸帖

克全

第81話家臣4

「私は陸奥浪人の能美重太郎影季と申します。
先生に一手御指南願いたく、推参致しました」

これまでの道場破りとは違い、礼儀正しい相手である。
見た目はとても貧しい格好をしている。
頬はこけ身体は痩せ細り、ろくに食事もとれない状態なのは一目瞭然だ。
それでも、礼儀を忘れないだけの心掛けがあるようだ。
湯屋に行く余裕があるとは思えないから、この寒空に井戸水で身体を清めたのだろう、眼に見えるところに垢などはない。

我が練習用の槍を持ち、重太郎と名乗る若い浪人は木刀を手に取る。
若いどころか、まだ十代も半ばだろうに、先ほどの狼浪人とは大違いだ。
そう簡単に軽くいなせる相手ではない。
この歳でこれほどに腕前になるためには、全てを投げ出して剣の修行をしたのだろうが、決まった収入のない浪人では苦しい生活の連続だったのだろう。

このような好ましい相手を、怪我させるわけにはいかない。
怪我をさせないようにするなら、本気でやらねばならん。
先に仕掛けるとどうしても隙が生まれるから、重太郎の攻撃を待つ。
多分だが、貧乏暮らしの所為で体力がないのだろう、重太郎が睨み合いを嫌って上段から打ちかかって来た。

打ち下ろす木刀を完全に避けてから攻撃してもいいのだが、それでは我の鍛錬にならないので、木刀に槍を絡めて巻き上げる。
余りの勢いの木刀を持ち続けられなくなった重太郎が、堪え切れずに木刀を手放す所に一気に踏み込み、喉元に槍先を突き付ける。
とはいっても稽古用の槍で、喉を叩き潰す事はできても刺し貫く事はできない。

「参りました」

「若いのによく鍛錬された。
その腕なら我が道場でも代稽古を任せられる強さだ。
もしよければ道場の者達と一緒に飯を喰って行かないかね」

我は能美重太郎影季と名乗った若者を飯に誘ってみた。
正直な気持ちは、重太郎を代稽古を任せられる家臣か弟子にしたいのだ。
今使える技や流派など大した問題ではない。
ようは実戦で生き残る事ができるかどうかだ。

「有難いお言葉ではございますが、家に家族を待たせております。
今日はこのまま帰らせていただきます」

重太郎が一瞬顔を歪ませたのを見逃す我ではない

「のう、重太郎殿。
失礼を承知で伺うが、生活が苦しいのではないか。
重太郎殿がここで飯を喰えば、家に残る家族が、少しでも多く飯が食べられるのではないか」

「それはその通りではございますが、恥を忍んで申せば、私がこれから金策をしなければ、家族は食べる物が何もないのです」

「それは大変だな。
だったら家族の者をここに呼べばいい。
どうせ弟子達に飯を喰わせるのだ。
五人や住人増えてもどうという事はない」

「しかし、それは幾ら何でも」

「まあ、我にも思惑があるのだよ。
重太郎殿に込み入った話があるのだよ。
それには家族の者達にも話を聞いてもらわなければならない。
どうかな」

コメント

コメントを書く

「歴史」の人気作品

書籍化作品