立見家武芸帖

克全

第69話徳川家基3

我は、一切の情けをかけず、容赦もしなかった。
常在戦場の心で鍛錬してきた武辺者と口にし、剣の試合で死ぬ事も覚悟していて、遺恨に思う事もないと公言したのだ。
それを証明してもらおうではないか。

そう考えて御前に進み出たが、相手は大した腕ではなかった。
番方や近習の中では強い方なのかもしれないが、市井で武芸者剣客として命を賭けて生きている者達に比べれば、一枚も二枚も格下だ。
このような者を嬲り殺しにしても恥である。

「ま、まいった」

簡単な相手だった。
構えた相手が動き出す前に、練習用の槍を縦横無尽に振るい、相手の得物、木刀や槍を手から叩き落とした。
額を割って殺す事も、手足の骨を砕く必要もなく、我が槍で得物を叩いた衝撃で、自分の得物を手から離してしまう未熟者達だ。

「ま、まいった、まいりました」

正直がっかりである。
七人抜きをしたが、全く相手にならない。
これならば銀次郎兄上や虎次郎の方が強い。
この程度の腕で、剣客に勝負を挑むなど笑止千万だ。
角太郎と呼ばれていた、西ノ丸様のお気に入りは、これほどの失態をどう言い訳するのだろうか。

「おお、見事である、天晴である。
武芸自慢の余の近習達が、一合いも剣を交えることなく負かされてしまった。
読売の記事は嘘ではなかったようだな、角太郎」

「は、なかなかの武芸者のようでございます」

「うむ、其方と藤七郎ではどちらが強いのだ」

あれ、あれ、あれ、可哀想に逃げ道がなくなっているぞ。
上手い言い訳を口にできるのか。
まあ、御城勤めが長い口舌の徒なら、上手く言い逃れる事ができるかもしれん。

「流石にそれは藤七郎に不利過ぎましょう。
藤七郎は既に七人と試合をして疲れております。
わたくしも藤七郎の弟子と戦い、多少疲れてやらねば不公平でございます。
その間に藤七郎も休むことができます」

角太郎という馬鹿は、上手い言い訳を考えた心算なのか。
力太郎との試合を長引かせて、疲れたから負けたという言い訳にするのか。
それとも、試合の途中で怪我をした演技でもするのか。
そもそも、自分の腕で力太郎に勝てるとでも思っているのか。
身のこなしや目配りを見れば、力太郎が叩き殺した浪人者共よりも弱い。

「そうか、そうか、そうか。
武辺者らしい立派な心掛けである。
藤七郎はしばし休むがよい。
力太郎、角太郎と試合をするがよい」

可哀想に、西ノ丸様の言葉が死刑宣告だ。
手加減する腕のない力太郎が相手では、どちらかが死ぬしかない。
角太郎と呼ばれた者の眼は、明らかに殺意が込められている。
力太郎を試合で殺して、武辺者と言っていた自分の誇りを守り、何か言い訳をして我との試合は逃げるのであろう。
ならば我も覚悟を決めよう。

「力太郎、手加減は一切無用ぞ。
角太郎様に胸を貸していただけ」


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