立見家武芸帖

克全

第68話徳川家基2

「恐れながら申し上げます。
弟子、坂田力太郎は武芸一筋の粗忽者にて、手加減ができない男でございます。
そのような粗忽者に、番方の猛者の方々と試合をさせれば、どちらかが大怪我をしてしまう事になります。
遺恨を残すような試合を、西ノ丸様に御見せする事などできません。
どうぞ力太郎と番方の方々の試合は御容赦願います。
その分我が番方の方々と試合させていただきます」

やれ、やれ、困ったものである。
我が西ノ丸様のお気に入りと試合をさせられる事は考えていたが、予想外に力太郎にまで番方と試合をさせろという。
力太郎は技で強いのではなく、剛力で強いのだ。
相手が西ノ丸様のお気に入り剣士でも、怪我させないように手加減して試合をする事など不可能だ。

「角太郎、どうなのだ」

「剣に生きる者ならば、剣の試合で死ぬ事は覚悟のうえでございます。
その事を遺恨に思う者などおりません。
例え敗れて死傷しようとも、恨みなど持ちません」

殊勝な事を口にしているが、我らを侮り馬鹿にしているのは眼を見れば明らかだ。
西ノ丸様は御聡明だと御聞きしていたが、それでもまだ十一歳か十二歳であろう。
表情を見れば、お気に入りの家臣に言葉を鵜呑みにしている。

「ふむ、よくぞ申した。
聞いたな、藤七郎、力太郎、気にせず本気でやるがいい」

こうなれば仕方ないな。
いざとなれば江戸を売って、箱根の山にでも籠ればいい。
力太郎と二人、獣を狩り魚を獲って暮らすのも悪くはない。

「承りました。
では道具はいかがいたしましょうか。
我は刃のない二間槍を使わしてもらいますが、力太郎は鉛を芯にした八尺棒を使いますので、とても危険でございます」

「それでよいのか、角太郎」

西ノ丸様が、我と力太郎を蔑んだ目で見ている側近に確認する。
段々腹が立ってきた。
本気で叩き殺してやろうか。

「構いません。
我ら一同、大納言様を御守りすべく、常在戦場の心で鍛錬しております。
鉛入りの八尺棒であろうと、怖気づくものではありません」

やれ、やれ、名門旗本の意地というわけだな。
まあ、その気持ちも分からないでもない。
我が代々続く名門旗本家の子息で、剣の腕を認められて西ノ丸様の近習に選ばれたとしたら、市井の剣客やその弟子に一歩も引けないだろう。
まして我は、不浄役人と呼ばれる町奉行所同心の庶子でしかなく、力太郎に至っては元町人なのだ。

「ならば我らに何の問題もございません。
西ノ丸様の望まれる通り試合をさせていただきます」

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