立見家武芸帖

克全

第55話若党坂田力太郎熊吉2

「殿様、朝食ができました」

「ああ、今行く」

我は田沼家上屋敷に居を定めた。
料理上手なおいよさんの作った物が食べたかったからだ。
まあ、一番部屋数が多く、六人もいる子供達のためには、田沼家上屋敷の長屋を拠点にする方がいいと思ったのだ。
我は一階の六畳を居室に使い、浅吉とおいよさんの家族は、九坪の屋根裏部屋を占有している。

「ほう、蛸と蠣と鮪ですか、これは愉しみです」

「田沼家出入りの魚屋が、四百人斬りの殿様が、脂の強い鮪が好きだと聞きつけて、農家の肥料にする分を持ってきてくれたのです。
そのお礼を兼ねて蛸と蠣を買い求めました」

「そうですか、朝食は蛸と鮪の鱠ですか、美味しそうですね」

「貝毒は強いから生では食べないと以前言っておられましたので、蠣は味噌田楽にしようと思います」

「子供達も腹を空かしているでしょう。
手早く料理できるように、味噌鍋にしてくれてもいいですよ」

「ありがとうございます。
子供達の分は浅吉が用意しておりますので、気になさらないでください」

我はもう子供達のことを気にするの止めた。
彼らは、もう我が召し抱えてる中間と下女の子供となったので、今までのようにはいかない。

武家の奉公人として、我慢する所は我慢できるようにならなければ、無礼討ちにされる可能性もあるのだ。
そしてここは武士のための上屋敷の中だ。
裏長屋で暮らしていた時のようにはいかないのも確かだ。

我は一杯目のご飯を、芥子醤油で和えた蛸で喰らう。
蛸の旨味と醤油の味がご飯の美味さを更に引き立てる。
二杯目のご飯は、芥子醤油で和えた鮪で喰らう。
鮪の脂の旨さを芥子醤油が引き立て、その強烈な脂の旨みがご飯を美味しくする。
三杯目のご飯は、茹でた茎葱と蛸を味噌で和えたぬたで喰らう。
味噌の塩味と甘味が、葱と蛸の旨味を引き出し、ご飯の美味しさを強調する。
四杯目のご飯は、刻み生葉葱と鮪の細切りを味噌で和えたぬたで喰らう。
味噌の塩味と甘味が、薬味の葱と鮪を調和させてご飯の美味しさを際立たせる。

「伊之助と熊吉はどうしています」

「台所で子供達と一緒に食べています。
鮪と蛸とご飯を好きなだけ食べられるようにしていますから、殿様が心配なさることはありませんよ」

伊之助と熊吉は、我が田沼家中屋敷に拝領した長屋を預かっているのだが、三度の食事を食べに上屋敷にまでやってくる。
衣食住を保証する責任があるから当然の事なのだが、自炊する気にはならないのだろうか。

「立見藤七郎が貸し与えられている長屋の住人」
相良田沼家上屋敷:立見藤七郎・浅吉・おいよ・子供六人
相良田沼家中屋敷:伊之助・熊吉
白河松平家上屋敷:立見銀次郎
古河土井家中屋敷:立見虎次郎

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