立見家武芸帖

克全

第54話若党坂田力太郎熊吉1

「お願いします」

「おう、掛かって来い」

熊吉が鉛入りの棍棒を振りかぶってかかってくる。
四尋やぶきを振り回していた頃とは、比較にならない鋭さだ。
これならば少々の武芸者が相手でも負ける事はない。
見学している白河松平家の者達が怯むくらいの強さだ。
戦場で相手を威圧し、雑兵を相手にする時は、四尋やぶきや三間半の槍の方が有効だろうが、道場で鍛錬するのならこの長さと重さがよい。

ここまで来るまでには、随分と武器を探し回った。
我に刀の鑑定書を依頼してくる刀剣商や古物商に頼んで、あらゆる武器を熊吉に持たせて振るわせてみた。

まあ、刀身が三尺(九十センチ)以上の刀は、戦道具とみなされて所持が禁止されているから、大太刀や野太刀、長巻といった実戦で役に立つ武器は持てない。
本当に残念な事である。
だが、実際に鎧を装備しての戦いでは、刀や槍の切れ味などは意味がない。
打撃力で昏倒させるか骨折させるかして、倒したところを首を獲るのだ。

結局熊吉には、七尺の完全鉄製金砕棒を使わせることにした。
それが一番早く力強く使うことができて、実戦力がある事が分かった。
それに、刀ではないから、中間の熊吉が持っていても、咎められることがない。
問題は道場での練習だが、武器は常に同じ重さと長さの方がいい。
幼い頃から鍛えた武士ならば別だが、剛力を頼んで成人してから稽古するのなら、武器は一つに決めなければ身につかない。
だから、真に鉛を入れた七尺棒で稽古させることにしたのだ。

「先生、今度は私に稽古をつけてください」

「分かった、掛かって来い、銀次郎」

銀次郎兄上と虎次郎が住み込みの弟子となった。
と言うか、白河松平家から貸し与えられている長屋と、古河土井家から貸し与えられている長屋に、二人が住み込んで代稽古を始めたのだ。
まあ、早い話が、腕を披露して我の代わりに武芸指南役に押し込みたいという、立見家の思惑なのだが、これは欲をかきすぎであろう。

銀次郎兄上と虎次郎も剣の腕は悪くはない。
江戸町方十手捕縄術も十分身につけている。
大抵の武芸者が相手なら負ける事はないだろう。
だが、我に指南役の話が回ってきたのは、運と縁と虚名だ。
読売の虚名がなければ、三十人扶持などという非常識な条件で、しかも客分扱いで、三家同時に指南役に選ばれる事などない。
今では四百人斬りなどと呼ばれて、どう返事すべきか困っているのだ。

「藤七郎が熊吉に試させた武器」
八角棒を鉄板で包んだ武器:七尺から十二尺(二百十センチから三百六十センチ)
完全鉄製の金砕棒    :五尺(百五十センチ)
大太刀         :刀身三尺以上
野太刀         :刀身五尺以上
長巻          :刀身三尺、柄三尺以上
大薙刀         :刀身一尺から五尺、柄三尺から六尺
槍           :一間から三間半

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