立見家武芸帖

克全

第32話仇討ち4

「はい、はい、はい、はい。
難しい話は後にして、先ずは御飯にしましょう。
腹が減っては戦ができないのでしょ。
炊き立てのうちに食べて下さいね。
これは藤七郎の旦那が獲って来てくださった鯉ですよ」

おいよさんには、藤野姉弟がその日の食事にも事欠いているのが分かっていたのだろう、我が察していたように飯を炊いていてくれた。
伊之助もその事に気がついていて、御馳走食べたさに、割り込むように会話に加わってきたのかもしれない。
まあ、そこまでしてでも食べたいくらい、おいよさんも料理は美味い。

おいよさんは我の気持ちを察してくれて、とっておきの三尺を超える大鯉を捌いて料理してくれている。
大皿に盛られた大量の洗いに、藤野姉弟も眼を見張っている。
他の奥さん方も手伝ってくれていたようだが、流石おいよさん、ご飯が炊けるまでの短い時間に見事なものだ。

食器はおいよさんの家の分を貸してくれているのだろう。
色々な鯉料理が盛られている。
頭と骨は、鯉こくと呼ばれる味噌汁にされている。
切り身の一部は塩焼きと甘煮にされている。
伊之助が生唾を飲む音が聞こえる。
我が先に箸をつけなければ、誰も食べる事ができないだろう。

「さあ、皆食べてくれ。
おいよさんも子供達と一緒に食べてくれ」

「なに言ってるんですか、旦那。
子供達は隣で食べさせてもらいますが、給仕は私がさせてもらいますよ」

我は、めいめい自分で御櫃からご飯をよそえばいいと思っていたが、おいよさんが給仕してくれるという、ありがたい事である。

「いえ、それではお世話になり過ぎです。
給仕は私がさせて頂きます」

だがそれでは申し訳ないと思ったのだろう。
るいさんが自分が給仕すると言いだした。

「なにを言っているんですか。
若衆姿をされているという事は、女を捨ててお父様の敵討ちをされるのでしょ。
女のように給仕してはいけませんよ」

「ありがとうございます。
厚かましい事ですが、お言葉に甘えさせて頂きます」

るいさんが涙を浮かべて座り直した。
藩を出てから苦しい生活をしていたのだろう。
おいよさんの優しさに胸が一杯になったのだな。
こらえきれずに涙が流れだしている。
ここは雰囲気を変えなければならん。

「さあ、せっかくの料理だ、遠慮せずに食べようではないか。
鯉の洗いはさっとお湯に潜らせてくれているから、腹に蟲が湧く心配はない。
酢味噌だけでなく、蓼酢や煎り酒で食べてもいいぞ。
ご飯の御代わりもいくらでもあるからな」

「えっへへへへへ。
じゃあ、早速いただきますね」

こんな時には伊之助の無遠慮な性格も役に立つ。
藤野姉弟には、おいよさんがご飯のお代わりを勧めてくれているから大丈夫だ。
我も今はおいよさんの料理を愉しもう。







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