立見家武芸帖

克全

第27話姉妹遭難16

「立見殿、今回の御礼をお渡ししたい。
これは御老中と白河公とも話し合った物だ。
遠慮せず受け取ってもらいたい」

ようやく苦手な宴席が終わると安堵していたら、とんでもない罠が張られていた。
眼の前に千両箱が二つも積まれたのだ。
長屋の棒手振りが、一日野菜売り歩いて四百文の稼ぎだ。
雨の日は仕事にならないから、月の稼ぎは八千文だから金貨で一両二分ほどだ。
おいよさん一家なら、十五両あれば一年間は暮らせるのだ。
それを、我に二千両もの大金を渡してどうしろというのだ。

「このような大金、思案に暮れてしまいます。
受け取りようがござらん」

我は心底困った。
突き返すのも失礼だし、受け取っても長屋に置いておくわけにもいかん。
ほとほと困ってしまった。

「ははははは、それほど困る事はあるまい。
二千両あれば与力家に養子に入る事も可能であろう。
徒士家に養子に入っても千両以上残る。
藤七郎の武芸なれば、徒士から旗本になるのも難しくはなかろう。
以前に申していたように、市井にて道場を開いてもよかろう」

御老中は好き勝手言ってくれるが、これは本当に困る。
我の器量を測られているのは間違いない。
だが、そのために二千両も使うのだから、豪気としか言いようがない。
しかし、このような所で見栄を張ってもしかたがない。
我は武芸者であって兵法家ではないのだ。

「御老中、我は一介の武芸者でしかありません。
天下に名を轟かせるような兵法家や軍師ではないのです。
二千両のよき使い方を御指南願います」

「見事なものよ、藤七郎。
自分の分を弁え、武芸一筋、武士の矜持以外は人に教えを乞う謙虚さもある。
誠の武士よ。
のう、白河公、衛門尉殿」

「まこと、まこと、なんとも気持ちのよい武士でござる」

白河公が本気でほめてくれる。

「私もよき縁に恵まれました。
一度御手合せ願いたいほどでございます」

山名の殿様は我と剣を交えてくれるという。
殿様は本気で剣を修行されたのか。

「私も白河公同様、藤七郎と出会えて心が軽くなった。
衛門尉殿は藤七郎と立ち合いを所望か。
剣に自信がおありなのか」

御老中も山名の殿の言葉が気になったようだ。

「些か家川念流を学んでおります」

「それは是非一手御指南願います。
家川念流の方とは手合せしたかったのです」

「わっはははは、それはよい、私もその立ち合いは見てみたい。
だが、まずは二千両の話をかたずけよう。
のう、藤七郎。
その二千両、使い道がないのなら、当道座に預けてやってくれぬか。
あれ以来、座頭達が肩身の狭い思いをしておる。
藤七郎も彼らの事を想う事を申しておったではないか。
座頭達を助けると思って、二千両貸してやってくれ」

「御老中にお任せいたします」


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