立見家武芸帖

克全

第23話姉妹遭難12

「旦那、これはお返しさせていただきます」

山名様との話が終わって、今日も家中一同総出で見送りをしていただき、長屋に戻る途中で伊之助が二匁小粒銀を返してくる。
話を聞くと、山名家の台所で、浅利の佃煮と茶漬けを腹一杯喰わしてもらったと言うのだ。
だが小粒を返すと言った伊之助の顔には、そのままくれるだろうという期待が現れていて、笑ってしまいそうになる。

「些少だが、そのままとっておけ。
朝ご飯と晩飯だけでは礼には少なすぎる。
明日の朝ご飯も、おいよさんに頼んで用意してやる」

「えへへへへ。
頼みますよ、旦那」

「それでは、ちょっと足を延ばして海まで行こうか」

我は何か食べる物が獲れないか、砂浜まで行ってみた。
だがもう陽がくれそうで、槍で獲れる時間は限られている。
慌てて砂浜を探し回ると、潮だまりにいる大赤鱏が眼に入った。
あまり江戸っ子は好まないが、我は赤鱏が好きだ。
臭いと嫌う者もいるが、煮付けの独特の風味がたまらない。

だが赤鱏は尾に毒を持っている。
町人がうかつに獲るのは危険だが、我ならば簡単に獲れる。
素早く脇差を討ちにして、毒を持つ尾を斬り落とす。
生きたまま内臓を取り出し、身を海水で洗って、臭いのもとになる血を流す。
美味しい肝は大切に取り出し、苦くて食べられない苦玉をとる。
毒針まで入れれば七尺を超える大赤鱏の肝だ。
とても食べ応えがあるので、臭みがでる前に酒蒸しにしたい。

「おいよさん、大赤鱏を獲って来た。
炭代と薬味代は我が持つから、肝を酒蒸しにして身は煮付けてくれないか」

我は伊之助と一緒に急いで長屋に戻り、おいよさんにお願いした。

「なに他人行儀な事を言ってるんですか、藤七郎の旦那。
旦那が魚を獲って来てくださる前は、魚は月に一度食べられるかどうかだったんですよ。
それが今は毎日三食お魚が食べられるんです。
炭代くらい家で出させてもらいますよ」

流石においよさんは江戸っ子で気風がいい。

「そうですよ、藤七郎の旦那。
ただ問題があるのは、余りに肴が美味くて、お酒が飲みたくなる事ですかね」

「あんたは黙ってな、この宿六が」

旦那が余計な事を口にして、またおいよさんにどやされている。
我は酒を嗜まないから分からないが、美味い魚があると、酒が飲みたくなるのだろうが、ほどほどにしておかないと、女房殿に愛想を尽かされるぞ。

「その代わりと言っちゃあ何なんですが、旦那がこの前買われてきた、昆布を使わせてもらえますか。
肝を酒蒸しする酒はあるのですが、身は昆布〆にしたいのです」

我の長屋にある物は全部知られてしまっているようだ。
元々おいよさんに昆布〆を作って欲しくて買っておいたものだ。

「分かった、全部使ってくれ。
いつでも使ってもらえるようにまた買っておくよ」

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