転生 徳川慶勝 日露開戦 日米開戦

克全

第142話:一八三五年、この世界のトルコ

この世界のトルコは、松前藩の若党隊が軍事顧問となっていた。
前世の明治維新で、徳川幕府にフランスが軍事顧問団を送り込んだのと同じだ。
トルコを使ってロシアを抑えようという、腹に一物があっての支援だ。
今現在だけでなく、七十年後の日露戦争の事も考えておく必要がある。
ここでウラル山脈より東を完全に手に入れられたらいいが、そう簡単に全てが思い通りに行くとは限らないし、七十年の間に逆転される可能性もある。

そう考えれば、ヨーロッパ側からロシアを牽制してくれる同盟国は大切だ。
バルチック艦隊がボスポラス海峡とダーダネルス海峡に閉じ込められ、トルコに拿捕されてトルコ海軍艦艇となったとしたら、欧米列強と中東の力関係は大きく変わる事だろう。
本当にそんな事になるのかは分からないだ、あらゆる可能性に備える必要がある。
でもできる事なら、この戦いで日露戦争を起こせないくらいロシアを叩きたい。

そういう願いと想定をもってトルコを支援した結果、トルコ軍はエジプト軍を撃退したばかりか、エジプト国内へ逆撃したのだ。
幸いな事に、欧米列強に危機感を抱いたマフムト二世が、行政、軍事、文化に至るまで西欧的体制への転向を図るタンジマートを始めていたのだ。

だがイスラム教を優先する神権的な国家体制を、西ヨーロッパをモデルとした近代的な法治多民族国家体制に改革する事は、並大抵の困難さではない。
それを手助けする事が、日本の利益になると現地司令官が判断した。
だが若党隊などの松前藩関係者だけでは兵力が足らなすぎた。
だからあらゆる民族の傭兵を集めてトルコ軍支援の傭兵団を結成していた。
彼らをオスマン帝国体制トルコ君主の直属軍として活躍させた。

トルコには、イェニチェリと呼ばれる君主直属の火器で武装した最精鋭兵がいた。
だが彼らも世襲化が進み、既得権に固執する腐敗した戦えない兵に成り下がっていたので、マフムト二世に協力して君主軍から排除した。
反逆的なアーヤーンと呼ばれる地方名士を討伐して君主直轄領にするか、軍功のあった傭兵を君主の直臣にするための領地とした。

だが一度に力あるアーヤーンを全て討伐する事はできない。
ギリシャ北部からアルバニアを支配して、まるで独立領主のようにふるまうテペデレンリ・アリー・パシャのような、圧倒的な戦力を持ったアーヤーンは放置した。
一度に戦う大敵は一つに絞らなければいけなかったからだ。
今回叩くべき相手は、エジプトの実権を掌握して叛乱を起こしたムハンマド・アリー・パシャだと、現地司令官が決めたのだ。

遠く離れた安全な場所でぬくぬくとしている俺は、現地司令官の足を引っ張らないように、彼の考えを追認するべきなのだ。

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