妹と幼馴染を寝取られた最弱の荷物運び、勇者の聖剣に貫かれたが目覚ますと最強になっていたので無双をします

英雄譚

第17話 「覚醒せし大剣の呪い」

 

 ——ベールを帯びたような少女が、僕を庇うようにして魔術で生み出した巨大な盾を前にして立っていた。



 肩に届く金色の、長い髪を揺らしながら赤い瞳を輝かせていた。

 廃墟が崩落して、もうダメだと思って目を閉じていた。
 だけど痛みの一つもしない。
 目を開くと十二歳にしか満たないであろう気品な雰囲気を漂わせる佇まいの、先ほど助けた少女が僕を守っていた。

 不思議な光景よせいで一瞬だけ、もう既に冥界にいるのではないのかと疑ってしまったが、どうやらそうではないらしい。

「危ないことをするわね。危うく遅れていたら、無事じゃ済まされなかったわよ」

 崩落が終わり、砂埃だけが視界を舞う。
 周りがよく見えないが、かなり派手に廃墟が崩れてしまったかもしれない。

 瓦礫が足の周りを埋め、歩くのも困難そうだ。

「ありがとう、助かったよ」

「お礼はいいわ。牢屋から出してくれた恩もあるし、貸し借りは嫌いよ」

 冷たい目でこちらへと振り向き、手を払いながら答える少女。
 手を差し伸べられるが、あえて握らずに自分から立ち上がった。

「はっ!  なによ!」

 子供に持ち上げられるのも悪いと思っただけだが、それを良く思わなかった少女は頰を膨らませた。
 よく見てみると、身体中に傷を負っている。

 おそらく庇ってくれたのが原因なんだろう、悪いことをしてしまったようだ。

「すぐに此処から逃げよう。多分あの男、あの程度じゃ倒れたりはーー」

 瓦礫の山のあらゆる隙間から、光が放たれる。
 予想が的中してしまったようだ。

 振り向くと、瓦礫を焼き飛ばす男の影があった。
 視認すると、それがあの侍だってことに気がつく。

 凄まじい殺気を放ちながら、先ほどまでの風格とは打って変わって凶暴だ。
 頭から血を流し、それを浴びながら男は狂気めいた笑みを浮かべて瓦礫の山から下りてきた。

「やるじゃないか。まさか廃墟を崩落するために私を利用していただなんて、なんとも見事なまでの策略だこと」

「建物の下敷きになったのに、まだ生きているだなんて……」

 いや、あれでも生身の人間だ。
 きっと黒い炎を下敷きになる直前に自分に纏わせたのだろう、服が焼けたの微かに焦げていた。

「どのような形であろうと、弱者でありながら私に傷を負わせた。それは拭えぬ現実であり、自分自身の未熟さを痛感したよ。『魔術』だけでない『剣』を強化する能力も極めているだなんて、この世界の理に反している!  異常だ、そう君は異常だよ!!」

 唾を吐き散らしながら、男は狂ったような笑い声を上げる。


 理から反している、その言葉に激情しそうだったが何とか堪えてみせた。
 何を思ったのか、男は舌を深々と切るように刀刃を舐めた。

 だらぁ、と血が男の口から流れる。

「ひっ!」

 その狂人ぶりを目の当たりにした少女は怯えてしまい、僕の背中に隠れてしまう。

「さぁて、ここからが本番だ!  蒼龍豪流随一の使い手『ドウデン・ツカハラ』推して参る!!」

 ドウデンと名乗った男の威圧に押し潰されそうだが、この状況でおくしたりはしてられない。

 ドウデンの黒い炎を直撃で受けた際、とっさに手で身を守ろうとしたため指輪に亀裂が入ったようだ。

 あの迷宮で、エルダーオーガと対峙した時と同じ感覚が体を支配する。
 全てを上書きされそうな感覚に抗いながら、少女を突き飛ばす。

「ちょっ!  なんなの酷いわね!」

「ここから離れて……このままじゃ」

 頭を抱えながら、少女になんとか告げてみせる。

 憎悪の煉獄に放り込まれたような感覚。
 世界の全てを憎しみ、抑えられない殺傷という欲求が根底から膨張してくるようだ。

 誰かを傷つけてしまう、それだけは避けたいというのに身体が無意識に求めようとしている。

「な、なにをする気なのよ……貴方一人じゃっ!」

 少女は言い終えることが出来なかった。
 何故ならその背後を、刀を持ち上げたドウデンが立っていたからだ。

 あまりの速さで接近された事に一歩、反応するのに遅れてしまった。

 彼女では避けられない、凄まじい威力の斬撃が少女に振り下ろされる。

 完全に命を狩りにいっている、殺戮の刃。

「まずは、君からだ……!」

 ガキン!!

 右手でいつの間にか持っていた漆黒の大剣で、ドウデンの渾身の斬撃を受け止める。
 何故、追いつけたのかは分からない。

 無意識に身体の移動速度が上がっていて、気がついたらこの態勢だ。

 ドウデンは困惑、ではない期待の眼差しを向けてきた。

「ほう、どうやら逃げることだけが得意じゃないようだね!  《千羽舞(せんばまい)》」

「!?」

 完璧と言えるほど予備動作のない、自然的な追撃が音もなく繰り出された。
 ドウデンの刀が目の前から消え、獲物をただ死滅させようと無数もの斬撃があらゆる方向からやってきた。
 常人の肉眼では捉えられない。

 ふざけているとしか思えない、幻影に等しい連撃。
 しかも、全てが同等の威力と重さを誇っている。

弾く。
弾いた。
弾きまくった。

 身体がとても熱い、何故だか手が痺れてきている。
 それでも痛みが一向に訪れてくる様子はない。

 止まることを知らない斬撃の嵐を食らっても尚、自分がまだ生きていることに気がつく。

 それなのにドウデンはまだまだ刀を振り回している、何十も何百回も全てが不発に終わっている。


 火花を次々と散らしながら、何度も衝突し合う金属音が聞こえる。

(なっ!)

 身体に衝撃が伝わり、やっとのことでその理由に気がつく。
 大剣を軽々と器用に駆使しながら、ドウデンの斬撃を全て弾いていたのが僕自身だということを。

 身体が反応する速度より先に大剣が勝手に動いてくれている。
 まるで次に斬りつけてくる部位を先読みしているかのように、手が何度も柄を握り直しながらドウデンの斬撃を退けていた。

 

 まだ止まらない、段々と斬撃が加速していっている。
 同様に僕自身も無意識の予測が徐々に鋭く、そして的確になっていっていた。

 周辺を木霊する剣戟の音。
 懐で丸まっている少女は、魅了されるように目を輝かせながら見ていた。

 次第に素早いドウデンの斬撃が鈍くなっていく。
 長きに渡る連撃が体力の低下に繋がったのか、威力が軽い。

 ならば、防いでいるだけじゃ意味がない。
 反撃をしなければ!

「うおおおおおおお!!」

 揺れるような雄叫びを喉奥から響かせながら、無傷の状態で加速。
 今度はドウデンの背後へと素早く回り込むと見せかけ、彼が振り向くと同時に元の位置へと戻る。

「はっ!」

 ドウデンはたった一瞬で起きた出来事に反応することに成功したが、突如と豹変した敵の圧に押されてしまう。
 それでも刀を振るうことを中断したりはしない。
 だけど、もう遅い。

 大剣での居合でドウデンを斬っていた。







 ーーー






「まさか……私の剣技、敵の屍も残さぬ千の斬撃を刀剣より重量のある強靭な大剣で無傷のまま退けるだなんて……」

 すぐ眼前の瓦礫の山に座り込みながら、ドウデンは諦めたように言う。

「リンカ殿も喜ばぬとは思うけど、私は打ち合いで敗北した身。潔く弱者なりに地に伏せていよう」

 言うことが見つからない、口を開かずに彼の言葉にただ耳を傾ける。

 警戒は怠ったりはしない。
 負けたとはいえドウデンは僕を殺すのに十分な殺傷能力を持っている。

 気を抜けば首を飛ばしかねない。

「まあまあ、落ち着いてくれたまえ。良い乱舞を見せてもらった事だ、十分に楽しめたから不毛な不意打ちはせんよ」

「貴方はこの子を殺そうとした、信用できません」
「そ、そうよそうよ!  無礼者!」

 少女はガッシリと腰に抱きつきながら、生意気な態度で同調してきた。

「なら、私がヘタなことをすれば返り討ちにすればよいだろう?」

「あくまで一時的な力にすぎません。今また、打ち合いになれば僕に勝てる見込みはない」

「え、そうなの!?」

 嘘でしょ!  と言いたげな表情で少女は驚いた。
 まさか、僕が勝てるかもしれないからってドウデンに対して大きな態度をとっていたのか。

 顔色が悪くなっていっている。

「そういえば……一つだけ伺ってもよろしいでしょうか?」

 ドウデンはフッと小さく笑いながら、素直にコクリと頷いてくれた。

「ノエルちゃん……金髪のちょうどこの子のような容姿した少女の居場所を知っていますか?」

「ああ、リンカ殿が連れていった小娘のことですか。勿論、知っていますとも」

 ドウデンは森の方へと指をさす。
 そこには人工的に作られた道が伸びていた。

 狭くはない、荷台を二つ並ばせても通れるぐらいの広さだ。

「ここから北方、王都方面へと連れていかれたよ」

「……!」

 嘘ではないかとドウデンを一瞬だけ疑ってしまうが、たとえ偽りでも追いかける意味がある。

 ただのうのうと立ち止まるわけにはいかない。
 だけど、その前にと少女を見つめる。

 今すぐにでもノエルを追いかけたい。
 だけどこの子と他の子供たちをこの場には置いていけない。

「なによジロジロ見て……気持ち悪い!」

「え、別に他意はないよ?」

「そんなのどうでもいいから見ないで!」

 頰を赤らめながら、ブツブツと文句を言いながら少女は腕を組んだ。

「どーせ、そのノエルって人を追いかけるんでしょ」
「うん、なにがあっても」

 即答する、心なしか横でドウデンが面白おかしそうに小さく笑っている声が聞こえる。

「だったら、私たちの事はいいわ!」

「!?」

「悩んでいるんでしょ?  私たちかノエルって人、どちらを優先するのか」

 顔に出ていたのだろうか、的確に心情を当てられてしまった。

「でも、さすがに君たちを置いていけないよ」

 ノエルに会って「君を取り戻すために子供たちを置いていった」と告げれば彼女は快く思わないだろう。

 下唇を噛み締めながら考える。
 子供たちを街まで連れていくか、ノエルを追いかけるか。

 だけど現在地が分からないでは意味がない。
 子供たちと何とか街まで辿り着けたとしても、ノエルに追いつけられる気がしない。

 どうする、どうする、どうする、どうする。

「おーい、大丈夫か?」

 森の方から声が聞こえる。
 振り向くと、そこには松明を手にして近づいてくる武装集団がいた。

「時間か……」

 座っていたドウデンが小さく呟くのが聞こえ、大剣を構えようとするが指輪の亀裂がなくなったため消滅してしまう。

 まさか、盗賊の仲間なのか。
 この場から逃げなければ、そう思いながら少女の手を取る。

「あっ!」

 だけど直後に足を止め、武装集団の方を見る。
 一人、男性とその仲間と目が合う。

「なっ、どうして君がいるんだ!?」


 逆に聞きたかったけど、そんな事は今どうでもいい。
 集団には偶然別れたばかりのロードさん、アストレアさん、ヘラさんが驚愕して居るはずのない僕を見ていた。

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