妹と幼馴染を寝取られた最弱の荷物運び、勇者の聖剣に貫かれたが目覚ますと最強になっていたので無双をします

英雄譚

第13話 「鉄格子の外には薄氷」

 

 鉄格子で隔てられた、石造りの四角い牢屋の中で目を覚ます。

 冷たい石床が頰に伝わり、うつ伏せに倒れているのに気がつく。
 どれぐらい寝ていたのかは分からない、だけど後頭部をなにか硬いもので殴られたのは覚えている。

 意識が途切れる寸前、最後に聞こえたのは泣きそうな声で僕の名前を呼ぶノエルだった。

 そうだ、ノエルはどうなったんだろう?
 彼女の身に何かが起きる前に、気を失ってしまったから分からない。

 探しに行かないと、本能的に身体が起き上がろうとしていた。
 両手を床につけ、腕に力を入れて顔を上げる。

「あら、お目覚めのようね」

 すると、ちょうど鉄格子の外にいる者と目が合ってしまう。
 見上げると、そこには銀髪の長髪を腰まで垂らす露出度の高い鎧を身につけた少女が立っていた。

 紫色の鋭い瞳で、起き上がろうとしている僕を見下しながら微笑している。

「ふぅん……頭蓋骨まで損傷するほどの打撃を受けたというのに、たった一日で完治するだなんて驚きだわ」

 訳のわからないことを口にしながら、少女は牢屋へと近づき鉄格子を掴んだ。
 僕の方へと顔を近づかせ、興味津々に瞳を見つめられる。

 あまりにも魅力的な少女の美貌に、魅了されてしまいそうだ。
 胸の鼓動が速くなっている。
 先ほどまで冷えていた頰までもが温かくなってきているような気がした。

「貴方から、異様な香りがするわ」

「へ?  か、香り?」

 言われてみれば確かに。
 鼻を刺激するようなキツイ臭いが周辺から漂っている。

 獣臭さ、血のような鉄臭さ、まるで厠にでもいるかのような空間だ。

「いえ、気にしなくてもいいわ。こっちの話だから……」

 鼻で笑いながら少女は答えると、掴んでいた鉄格子を離して立ち上がった。

「あの、状況がまったくもって掴めないんですけど……貴女は一体」

 腕を組みながら、仁王立ちして見下してくる少女に問う。
 牢屋に入れられるぐらい、なにかしらの犯罪を働いた覚えがない。

 それに、眼前の少女がどうしてこのような場所なんかに。

「リンカ・トオツキ。盗賊団の幹部をやっているけど、周りからは『薄氷のリンカ』っていう異名で呼ばれているわ」

 色々と困惑していると、リンカと名乗る少女は首を傾けながら明らかに裏のありそうな笑顔を見せてきた。

 盗賊団、つまり此処は。

「察しがいいのなら、もう分かっちゃっていると思うけど貴方は私たちに捕まって、街外れにある私たちの拠点にまで連れてこられちゃったの」

 衝撃的な事実に身を震わせてしまう。
 薄氷のリンカという名前は各国でも有名だ。

 アマデウスと呼ばれる大規模な盗賊団という組織が存在し、その幹部には最強の剣聖や神剣闘士が認めるほどの剣士がいると聞いたことがある。

 氷のような凍てつく冷酷さ、隙のない佇まい、常識から逸脱するほど強力な剣技。
 一見、可愛らしい少女だと思われがちだが、剣を握ると風格が大きく変化するとの逸話が存在している。

 銀髪、透き通るような紫の瞳、戦士の風格。

 こんな少女が、といった驚愕よりも相手の正体を知ってしまったという衝撃の方が強かった。

「どうした、怖いの?  私たちに殺されるかもしれないから、震えちゃってるの?」

 皮肉気に言う彼女の言葉に、反論はできなかった。
 恐怖とは、思わぬところで発露する。
 たとえ意識的に制御しようとしても、抑えることの叶わぬ複雑な感情だ。

「……ノエルは」

「ん、ノエルだって? もしかして、貴方と一緒にいたあの少女の事かしら?」

 耳を澄ませていたリンカが、思いついたかのような表情で答えた。

「知っているんですか?  なら彼女はどこにっ!」

 リンカへと這いずるように近づき、鉄格子を掴んだ。
 それを良く思わなかったのか、豹変したように怒りを露わにしたリンカの強烈な拳が、顔面に叩きつけられてしまう。

「がはっ!」

 鼻から駆け巡る、想像を絶するほどの痛みに、顔を覆っていた。
 まるで死に絶えそうな虫のように、激痛で石床を転がってしまう。

「あんまり調子に乗らないでよね、下賤な虫が。あくまで私たちの狙いは身分の高い者だけなの。いま貴方がここで、のうのうと生きていられる事に感謝してよね」

 リンカは長く続いている回廊の方へと見ながら、落ち着いた雰囲気を崩さずに告げた。

「本来なら、無価値で私たち幹部で処分しているところよ」

「なら……どうして僕を生かすんですか?」

 濡れた瞳で、高貴そうな佇まいをするリンカを見上げながら聞く。
 するとリンカは怪訝そうにこちらへと向き直り、若干困ったように息を吐いた。

「貴方と一緒にいた子、ノエルを捕らえた時に出された条件よ」

 捕らえた時に出された条件? だけでは十分には理解できなかった。
 それを察してかリンカは続けた。

「昨日、昼頃に貴方たちを襲ったのは覚えているよね?」

 あの時は、物凄く痛かったのは鮮明に覚えている。
 頭に手を置いて、恐る恐ると外傷がないのかを確認。

 頭には包帯が巻かれているのに気がつく。
 それも手馴れていないのか、不器用にだ。

「あの時、あの場にも私がいた。目撃者である、といっても顔は見ていないかもしれないけど万が一のため、その場で処分しようかと思ったの」

 リンカは腰にかけている、銀色の表面をした鞘を鳴らした。
 固唾を飲み込めずにはいられない。

「だけど、貴方に剣を突き刺そうとした直後にノエルって子は死に物狂いで魔法を連発しながら邪魔をしてきた」

 あの大人しいノエルが、と半信半疑になりながらリンカの話を聞き続けた。

「かなり厄介だけど私たちの敵ではなかったので、多少強引な手で拘束させてもらったわ。だけど暴れるのを中々止めてくれなくて、手間だと思ったので大人しくなる代わりに一つだけ条件を聞こうって約束したの。すると彼女はこう言ったの『エミリオさんを、どうか殺さないでくださいっ!』ってね。簡単なことだと思って、彼女の条件を飲み込んであげたの」

 ああ、ダメだ。
 想像すればするだけで残酷な映像が脳内に浮かんでくる。

 自分なんかの為に、自分を犠牲にするだなんて。
 絶望、困惑、罪悪感、が一斉にのしかかってきた。

「感傷に浸るのは別に構わないわ、だけど話は聞いてちょうだい」

 リンカはしゃがみながら、凍てつくような冷たい視線で顔を覗き込むようにして、なにか躊躇いつつ彼女は聞いてきた。

「……私の部下にならない?」

 予想より上の話を繰り出すリンカに、思わず吹いてしまう。
 当然の反応か、とリンカはあまり気にする様子もなく続けた。

「貴方を悪いようにはしないし、相応の待遇だってやるわ。だけど、それに見合う仕事をするのが条件」

「……断れば?」

「殺さないっていっても。全てを知っちゃった貴方をのうのうと世間には解放できない。奴隷として奴隷商人に売るのが妥当よ」

 全てを知ってしまったも何も、聞いてもいない情報を漏洩したのはソッチですが。
 ツッコミたいところだったけど、ふざけると再び殴られそうなので、あえて何も言わない。

 怒りこそが、彼女を暴力へと駆り立てる原動力なのだと分かったから。

「強引に連れてきたのはこっちなのに、理不尽なんだってことは重々理解しているわ。だけど私たちは盗賊であり秩序はない。人間特有の慈悲といった理念すらない、政治に縛られる足枷だってない。だから、貴方がどうなろうが、知ったこっちゃないの」

 ハッキリそう言い切られ、心に亀裂が入るような音が耳に届いた。
 これはもう人生の終着場所なのか、ここからどう逃げるのかさえ想像がつかない。

 先ほど、鉄格子を掴むときに強度を確かめてみたのだが、なんらかの魔術でも施されているのか、違和感のある触り心地とともにビクともしなかった。

 牢屋の中を見回して窓もないとなると、地下にいるのか壁が単純に分厚いのか、破壊を試みようとも出られる気がしない。

「……そういえば」

 リンカの話を聞いても、すぐには追求はしなかったけど思い出してみれば疑問が一つだけ存在していた。

「どうして、ノエルを捕らえたんですか?」

 あの人混みの中でどうして、わざわざ僕たちを襲撃しただろうか。
 それが分からない、リンカ達は大量の金銭の匂いを漂わせる者のみしか狙わないと言った筈だ。

 なのに、どうして。

「仲間なのに知らないの?」

 リンカは意外そうに、ちょっと驚いたような声音を発する。
 だけど偽りではないのを、僕の唖然とした表情を確かめて分かったのだろうか、困ったような唸り声を上げていた。

「貴方が知らないのなら教えてやるわ、あの子はーー」

 特には気にせず、期待もせずに耳を傾けていると。

 彼女が言葉を繋げようとした直前、第三者の悲痛そうな雄叫びが回廊から牢屋の中にまで駆け巡ってきた。

「ひっ!?」

 獰猛な獣のような、威嚇する声に恐れをなしてしまう。
 一方のリンカは、やっと来たかと言わんばかりの顔だ。

「あら、やっと来たわね」

 ニヤリと笑いながら話を中断させ、リンカは声の響いてきた方へと視線を移動させた。

 外には誰がいるのかは分からない。
 だけど数人が何かを必死に押さえつけながら、こちらへと近づいてくるのが聞き取った音だけで分かった。

「喜びなさい"ラット,,君、ルームメイトが来たそうよ」

 愉しそうに笑みを浮かべながらリンカは自身を威嚇する者を嘲笑い、こちらへと振り返る。

「ただいま、連れて参りました!」
「時間を取らせてもらい申し訳ございません!」

 数人もの男が謝罪している声が聞こえるが、鉄格子の隅の壁のせいで見えない。

 だけど感じとれるのだ、なにか良からぬ生物を連れてきたことは。

 柄の悪い男が目の前に現れ、なにか鎖のようなものを手に巻きながら引っ張っている。

「こら!  大人しくしろ!」

「うるせぇ!  誰が大人しくしてやるかっ!  テメェらの思い通りになると思うんじゃねぇぞ!」

 獰猛に唸り声で押さえつける男たちを威嚇して、逃げだそうとする人物が鉄格子の向かう側に現れる。

 垂れた猫のような耳、剥き出しにされる鋭い牙、髪型すら分からぬほど逆立っている灰色の長髪、睨み殺されそうな黄金こがね色の瞳。

 特筆すべきところが他にもまだ挙げられるが、注目すべき点は眼前の少女が『獣人』の魔族ってことだ。

 魔族とは何度も遭遇しているが、ちゃんとした人型となると希少なのであまり遭遇したことがない。
 ましてや獣人を目の前にできるだなんて、思いもしなかった。


「ぎゃはっ!」

 そんな感動を打ち消すかのように、唐突にリンカは鉄格子の扉の鍵を解除して連れてきた獣人を投げ入れてきた。

 そう、先ほどまで獣のように威嚇を繰り返しながら暴れまくっていた獰猛な肉食獣人をだ。

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