妹と幼馴染を寝取られた最弱の荷物運び、勇者の聖剣に貫かれたが目覚ますと最強になっていたので無双をします

英雄譚

第10話 「吸血鬼と霊体」

 


 薄暗い礼拝堂のような構造をした空間に二人は辿り着いた。

 先には花の飾られた祭壇が待ち構えていて、台のようなところに一つの棺が置かれているぐらいで殺風景だ。

「あれれ、もしかしてホムンクルスちゃん見つけちゃったパターン?」

 呑気に言うジャスミンには日頃、男は呆れるように溜息を吐いていたのだが今回は男も彼女に共感した。
 あの棺には、ミアの分身が眠っているかもしれない。

 だが、男とジャスミンは扉前に立つだけで進むことをしなかった。

 男は目を凝らしながら、周囲を警戒する。
 嫌な予感がする、ジャスミンも同様に耳をピクピクと動かしながら索敵。

「まさか、こんな夜遅くに来客がいるだなんて、思いもしませんでしたよ」

 祭壇に近づくように、礼拝堂の奥から骸骨のように痩せ細った老人が現れた。
 予想が的中し、男はジャスミンとともに戦闘態勢へと切り替える。

「困りますよ、こんな夜遅くに訪ねられて……懺悔にでも来たのですか? それとも」

 老人が言い終える前、既にその背後には獲物を捉えるような眼光のジャスミンが回り込んでいた。
 大型の鋭利な刃物を振り絞り、首を刎ねる勢いで横斬り。

「なっ!」

 攻撃が命中した瞬間、刃は老人に傷をつけることなく簡単にすり抜けてしまった。

 ジャスミンは大きく目を見開き、勢いを殺さないように体を回転させて再び刃物を振り下ろしてみせる。

「無駄じゃ……小娘よ」

「キャッ!?」

 追撃を当てる前に突然、ジャスミンは目に見えない物体に掴まれ、扉前に立つ男にめがけて放り投げられてしまう。

「ジャス、油断するな」

 男は自分にめがけて飛んでくるジャスミンを捉えると、瞳孔が収縮する。
 投げ飛ばされたジャスミンは男のすぐ眼前で停止、そのまま石床に倒れてしまう。

「ご、ごめん。まさか相手が霊体だなんて思いもしなかったよ……」

「ああ、俺もだ」

 霊体。
 死の淵に彷徨うことによって習得する事が出来る特異魔術の一種。
 魔力を駆使して肉体から霊魂を離れさせるという『幽体離脱』。

 霊魂となり、加えてイメージで身体を形成さえすれば本来の姿とは何一つ変わりない霊体へと変化することができる。

「どうやら貴方がたは我らの信仰を冒涜する魔王の使役、魔族のようですな? 大賢者様の残したホムンクルスを奪いにきたのが目的と見た」

「人族風情が、俺らをただの使役だと思うなよ」

「ほう、大層なご身分でしょうな」

「ふん、どうせ貴様はここで死ぬ運命……特別に名を教えてやろう。俺は北の魔王様直属の配下であり使徒『ヴラド』だ」

 ヴラドと名乗った男は吸血鬼のような鋭利な牙を見せつけ、老人を睨みつけた。

 途端に老人の背後にある説教台が大気の魔力によって圧縮され、捻れるように破壊されてしまう。
 やはり魔術でも霊体相手には効果が無いらしい。

「無に等しくなった私に直接触れることができるとは思わないでください!」

 そう言い放ちながら、老人はヴラドへと瞬時に接近。
 ヴラドの胸へと手を当て、早口で詠唱。

 接触される瞬間を見計らい、ヴラドは老人の喉に狙いを定めて腕を貫通させる。

「………チッ」

 貫通ではなく、ただ単にすり抜けた事に気がつくとヴラドは老人から距離を離そうとする。

 だが時は遅し、胸に当てられた掌から魔法が解き放たれてしまう。
 ヴラドは直接それを喰らってしまうが、顔色ひとつ変えずに老人から離れた。

 貫かれたような感覚がしたが、どうやら効いていないようだ。

「ほう、殺すつもりでの出力でしたが手応えがありませんね」

 老人は感心でもしているのか、小さな笑みを見せていた。

「ご主人様、どうするの? このままじゃ棺にも近づけないし、あのおじぃちゃんを斬り刻めないよ!」

「ああ、そのようだな……………」

 ヴラドは沈黙し、俯きながら考えた。
 霊体を相手にするのは今までの経験上、一度もなかったため対策はない。

 だが、たとえ霊体であろうと敵には必ず弱点があるはず。
 ヴラドはそう信じながら、考え込んだ。

 そしてヴラドは、たった一つの戦略を思いつく事に成功した。

「おい……ジャス」

「んー、なんでしょうか?」

 気の無い返事だが、どうやら彼女はヴラドの放つ雰囲気だけでも、策があるのではないかと察したらしい。
 小煩く話しだすのではなく、ジャスミンは素直に耳を傾けた。

「お前も大体は分かっていると思うが、こちらが敵に攻撃しようとすると触れる事なくすり抜けてしまう。だけど、敵に攻撃をしかけられた時にだけ触れられるという理不尽な仕掛けになっている」

「うん、そだね……あっ」

 ヴラドはジャスミンが馬鹿ではないのを見込んで、あえて種を言わずに彼女の勘にかける。
 馬鹿で愚かな弟子ではないことはヴラドも分かっている。

 なんせ自身が認めた弟子だ、期待に応えないはずがない。

「何をコソコソと……どんなに作戦を練ったところで、貴方がたの不利的な状況は変わったりせんよ」

 老人は嫌らしく挑発してくるが、ヴラドは冷静心を崩したりはしない。

 全てを察したジャスミンは興奮するように刃物を二つ抜き取り、両手に携える。
 相槌を互いに打ち、眼前からジャスミンが姿を消すと同時にヴラドは老人と向き合った。

「……最初に言った通り、霊体であろうと貴様の死は決定事項だ」

「ふふ、そのよう事をおっしゃっても私が動揺するとでも? 根拠もないくせ随分と上からですね!」

 ヴラドは設置された無数の椅子を掴み、老人にめがけて全力で投げつける。
 無論、すり抜けてしまうがヴラドにとっては無意味も承知での行動だ。

「闇雲に攻撃しても、当たりはしませんよ!!」

 今度は老人が接近してくるが、それより先にヴラドは扉前へと後退する。
 老人はそれを追いかけ、ヴラドへと接近してみせた。

 老人は懐から瓶を取り出すと、それを握りしめ潰してしまう。
 中身の液体に濡れた掌は、暗黙を照らすように虹色に煌めきだした。

 真正面からむかってくる老人の姿勢に応えるよう、ヴラド素早く体を反転させて振り返る。

「吸血鬼は聖水が弱点ですよね、ならば聖水に濡れた拳で打撃するまで!!」

 霊体になった影響か、老化した姿に不釣り合いなしなやか動きでヴラドとの距離を瞬時に詰める。
 いち早く反応してもヴラドはあえて回避することはせず、行動を唐突に停止させた。

「これで! お終いだぁぁぁぁぁ!!」

 礼拝堂に響き渡るほどの声で老人は雄叫びを上げ、ヴラドの急所にめがけて聖水の加護を付与した拳を解き放った。

 この瞬間でもヴラドは構える素振りを一切みせることなく、普段と何一つ変わらない澄ました表情で佇み、自身の弱点を纏い吸収を狙おうとする老人をただ待ち構える。

 そして僅かな距離にまで老人が到達した時、ヴラドは見下すような口調で言ってみせた。


「いや、終わるのは貴様だ人族よ」

 その言葉を耳元で囁かれ、老人は無意識に恐怖に体を縛られる。
 違う、老人は恐怖で足を止めたのではない。
 なにか良からぬ事が起きているのに気づいたのだ。

「貴様の命はもう……」

 ヴラドは祭壇の方へと指を差す。
 指し示しされる方向へと老人は振りかえり、祭壇の台に置かれた棺を凝然した。

 棺の前にはジャスミンが立っていた。
 数本もの刃物をふりあげ、棺にめがけて投げつけようとしている最中だった。

 老人は目を大きく見開きながら、それを邪魔しようと駆けつけようとする。
 だが、どれだけ走ろうと、もう遅い。

「……俺たちに殺されたも同然だ」

「やめろぉぉぉ!!」

 死から必死に逃れようと、叫ぶ老人。
 だが、ジャスミンが耳を貸す道理が何一つない。

「じゃね、おじぃちゃん☆」

 可愛らしくウィンクしたジャスミンの手元にはもう、刃物というものは握られていない。
 中身にまで貫通するぐらい、既に無数もの刃物が棺に深く突き刺さっていた。

「ぎゃはっ!?」

 突如と口から盛大に血を吐きだし、老人は身体の所々に刺されたような傷が次々と浮かび上がる。

 苦痛、激痛、途切れていく神経。
 あらゆる機能を相殺された身体は、霊体であろうと耐えられるものではない。

 そのまま老人は石床に膝をつかせた。
 自分が傷を負うだなんて予想してなかったのだろう、状況を把握していないようだ。

「うっ……どうして……どうして本体の居場所を、分かったんです……か?」

 苦虫を噛み潰したような苦の表情を浮かべ、ヴラドを見上げながら僅かに動かせられる口で問う。

 敗者となった自身を未だに受け入れられていないらしい。
 霊体にまでなったのだ。
 微かにヴラドは、老人の困惑の理由を仕方のない事だと思っている部分があった。

「霊体でありながら、攻撃態勢へと移りゆく時にだけ何故か貴様は俺たちに接触する事ができた。それで考えてみたんだ」

 ヴラドは人差し指を一本だけ、天井へと向けて赤い水晶を作りだした。
 それを軽く弾いて、すぐ側の椅子を破壊する。

「目に見えず、風のように触れることの不可能な形而上の魔力を集合させる事により、物質へと変質するのは魔術師や魔導師、魔法使いにとっては基本のこと。無も同然の魔力に触れる方法は物質化することのみ、つまり貴様が攻撃をした瞬間に同じ仕組みが働いているのではないかと予想した。攻撃を繰り出す時にだけにのみ、魔力が送られるということだ」

 ヴラドは老人の方へと歩きだすが、特には何もすることなく横断した。
 大人しく待っているジャスミンの立っている祭壇の方へと向かっているだけだ。

「霊体を魔術のように上手く利用したものだな。幽体離脱した本体から魔力を直接受け取って霊体を物質化させ、俺たちに触れることを可能にした。違うか?」

 ヴラドの推測にひたすら耳を傾け、老人は所々で笑みを浮かべていた。
 推測が的外れだからではない、自分が行なっていた仕組みを完全に見破られているからだ。

「お見事だ……そうです、貴方の推測は間違っていません。だけど一つだけ疑問が生まれます、どうして貴方がたは私の本体である身体の居場所を見つけだすことが出来たんですか?」

 暗闇で赤い瞳を鋭く光らせながら、不敵な笑みを浮かべてヴラドはジャスミンの頭に手を置いた。

 子供扱いされる事を不服だと思っていないのか、ジャスミンは猫のようにヴラドの手に擦りつく。

「俺の弟子は魔術自体を苦手としているが、形而上の大気の魔力の扱いが優秀でな。周囲の魔力の流れが少しでも変化すれば、彼女は粒子に満たないモノであろう感知することができるんだ」

 だからこそ、あの時はあえてヴラドは自身へと攻撃するよう老人を仕向けたのだ。

「霊体を物質化するには魔力を送りこまなければならない。ジャスはそれを見計らって空間の変化、魔力を送る時に生まれる僅かな回路を見つけだして、それに沿って本体である身体の居場所へとむかったんだ。それが、まさかこの棺の中とはな」

 ヴラドは自身の視線の先にある棺へとむかい、睨みつけて風圧を発生させて蓋を容赦なく退けさせる。

 中を覗くと、ジャスミンの刃物によって串刺しにされた老人の身体が眠っていた。

「棺の中で貴様は、俺たちがここに足を運ぶ前に幽体離脱を行った。なんせ霊体へと魔力を送り込む時は供給者がそばに居なければ意味がないからな。それに、俺たちは棺の中身にはホムンクルスが眠っていると思い込んでいたから安易には攻撃は出来なかった、それを事前に分かっていた貴様は最も安全な所であろう棺の中に本体を潜ませた」

 意識の遠のく中、全ての種を見破られた老人は視線を二人へと転じさせた。
 生を失っていく瞳には自身が敗北したという納得が微かに浮かんでいるように思え、ヴラドは細く笑む。

「覚えておけ、この世には万能な能力など存在しないことを」

「……そのようですね」

 自分より優位にある者を窮地に陥れてから撃退するのが昔から好きで、趣味にしてしまう程の彼は、嬉しさを感じない筈がなかった。

「どうやら、ここには俺たちの求めていたホムンクルスは無かったようだ」

 だけど目的を達成できなかったのには変わりない。
 やるせなさそうな表情を浮かべながら祭壇から離れ、ヴラドはそれ以上は興味を失ったかのように再び老人を通り過ぎて、階段へと向かう。

「ちょっと残念だけど楽しかったよ、おじいちゃん☆」

 ジャスミンもまた、刃物を握ることなく大人しくヴラドの背中を追いかけていた。

「ま……待ってください」

 困惑した様子で老人は二人を呼び止める。
 まさか、こうもあっさり退散してしまう事に対して納得していないのが顔に浮かんでいた。

「ホムンクルスの居場所が此処ではないのを分かったのなら……どうして私に居場所を吐かせようとしないんですか……? 串刺しにされようとも未だ生者である私は、死への奈落に落とされる事は確定されている……口を割ってやってもいいんですよ」

「貴様、俺を舐めているのか?」

 怒り混じりの声で返答し、ヴラドは老人へと振りむいて捕食者の眼光を突き刺した。

「どうせ貴様も以前、俺らが襲った他拠点の司祭と同様の答えしか述べない事は分かっている。どうせ居場所などは吐かず自害してしまうんだろう?  ならば問い詰める必要性はない」

 そう言い残したヴラドは、宿命に従うかのように真っ直ぐな瞳で自身の道を見定めた。



 どれだけ失敗しようと、まだ自分らにはチャンスが残されている。

 主である魔王は寛大だ。
 その寿命が続く限りは幾度の過ちで任務の遂行を逃そうとも、きっと許容してくれる筈。

 自身に与えられた定めをどのような手を使おうとも、いつか果たしてみせるとヴラドは胸に刻まれた主の信頼の証である『服従印』に誓うのだった。

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