妹と幼馴染を寝取られた最弱の荷物運び、勇者の聖剣に貫かれたが目覚ますと最強になっていたので無双をします
第3話 「追放された女魔術士」
それは夕暮れのこと。
とある街の一角で言い争いをしている女性達がいた。
身なりからして冒険者なのだろう。
五人の女性たちが四対一というなんとも不公平な状況のなかで口論を繰り広げていた。
「アナタに期待していた私たちが馬鹿みたいだわ。後方支援が枯渇してたからその埋め合わせでパーティに加入させてあげたけど、こんなにも期待外れだったなんて信じられない」
屈強な肉体をさらけだした大胆な装備を着こなす女剣士が言う。
悪態つくその表情はまさに悪党そのものだ。
彼女が見下す先には、小さく縮こまりながらも反抗的な眼差しを向ける少女がいた。
「リグレル王国第一爵位を誇る公爵家令嬢のノエル様がただの取るに足らないタダ飯喰らいで失望したよ」
困惑と怒り、今にでも爆発しそうな感情を露わにするノエルの表情を伺いながら女戦士は皮肉の言葉を繰り返し吐き続けるのだった。
「魔術士のクセして攻撃魔法は驚く程にショボいし、治癒魔法が断続的なせいか時々肝心な場面で使用できなくなってしまう。それから、どこからどう見ても世間知らずのボンボンときた、一銭も自分じゃ稼げないんじゃないの?」
「………っ」
堪忍袋の緒が切れる寸前だ。
握られていた杖が感情に従うように、ゆっくりと酷く批難をしてくる女戦士へと向けられていくのだった。
「あん? やってみなさいよ?」
女戦士から微量な殺意がはなたれる。
それを察知したノエルは勝ち目がないことを本能で理解すると、瞬時に攻撃を中断するために杖を下ろした。
自分はなんて恐ろしいことを企もうとしたのか。
らしくない自身の直前の行為にノエルは懺悔じみた言葉を脳裏で唱えてしまう。
「私らA級冒険者パーティの実力をすぐ傍で見ていたのなら重々理解しているはずだろ。こっちが優しくてめぇの不憫さを説明してやってんのに反抗心を抱くとか論外なんだけど。頭大丈夫なの?」
「……私は……」
都合の良いように言いくるめられているような気がしたが、彼女が語ることは全て事実だ。
ノエルは我に返りながら、旅を共にしてくれた仲間達の顔を順番に見渡した。
そしてようやく解ったのだ。
自分の居場所がもう、ここには無いと。
「私はぁ……そんなっ……」
こみ上げていたはずの怒りが鎮まり、次第にそれが悲しみへと変化していくのだった。
溢れでてくる涙を抑えきれずに流してしまう。
それを見てなにを思ったのか、女戦士は嘲笑いながら罵倒をやめなかった。
「あ~あ泣いちゃったの?  これじゃ私達がまるで加害者じゃんで、あなたが被害者って立場になっちゃうんじゃな~い。困っちゃうわ〜」
振り向き、女戦士は仲間である彼女らにアイコンタクトを取る。
その行動の意味を理解したのか、すぐさま控えの女性たちも続いて困ったような表情を作った。
「酷いわ」「私たちが被害者なのにぃ~」「悪女よ悪女!」
数の暴力には敵うはずもなかった。
「クロエ……」
何かが吹っ切れ、ノエルは女戦士の名前を小さく呟いた。
笑い声が鳴り止むと、クロエという女戦士は名前を軽々しく呼んだことに目を細めた。
お前ごときがその名を口にするなと言わんばかりだ。
「アナタたちの望みどおり……今日をもってこのパーティを脱退します。それで異論はありませんね」
「ああ、ないわね」
呆気ないクロエの返事はノエルの胸に突き刺さるのには十分すぎるぐらい鋭利なものだった。
密かに唇を噛み締める。
仲間だと思い込んでいた、かつてのパーティメンバー達に背中を向けながら小さな歩幅で歩きだす。
——自分は必要とされていなかった。
ここで何かを述べようと、言い訳を口にしようと状況が覆されることはないだろう。
「うっ……うぅ」
涙を堪え、両耳を塞ぎながらこの場からできるだけ速く離れられるように走るのだった。
体力が無いわけではない。
かといって有るといえるほどの自信もない。
だけどここから、いち早く逃げたいという衝動が彼女を止めてくれなかったのだ。
溢れてくる涙が一向に止まる気配はなかった。
溢れてくる涙と鼻水で顔がクシャクシャになってしまう。
———
孤独になったノエルは街道に出ようと無我夢中に走り続けていた。
魔物が活発化する時間帯なのにも関わらずだ。
それは逃げたいという想いがあまりにも強く抑え込められなかったからだ。
「…………」
足を止め、道の端にゆっくり座り込んだ。
こんなにも酷く、辛い経験はいつぶりなのだろうか?
———私は必要とされていない、私は必要とされていない私は必要とされていない、私は必要とされていない、私は必要とされていない、私は必要とされていない……!!!
「このまま苦しんじゃうぐらいならいっそ死んだ方がマシだよ……」
虚ろな瞳で広大な星空を見上げる。
それでも心が癒えることはなかった。
悠然とする星空を眺めてノエルが抱いた感情は虚無だけ。
本当は分かっていた。
自分が足を引っ張るだけの荷物だったことを。
クロエらの迷惑になっていたことも、全てだ。
だけれどそれを受け入れようとはしなかった。
長い時間で黙り続けていた。
それは必要にされていたかったから。
妄想でもよかった。
一生それが夢であって欲しかった。
たとえそれが虚像だとしても誰かのそばに居たかった、その一心で真実を包み隠してしまったのだ。
しかし、現実はあまりにも儚いものだ————
「………私は………必要ない……」
闇に染まった平原で一人。
座り込んだ金色の髪をなびかせるノエルが、杖の魔石に映る反射に目を大きくさせていた。
すぐ後ろから、なにかが落下してくる。
人の形をした何かが。
グチュ!
肉のつぶれる音。
それがあまりにも生々しく、ノエルは固まってしまった。
そっと落下してきたものを見つめる。
人だ。
死にそうになっている青年だ。
それも自分と同じ金髪。
「血………でも、生きてる? 」
すぐさまノエルは青年に駆け寄った。
呼吸をしている。
それも途切れ途切れで必死に。
生きようとしている。
死にたくないと抗っている。
本能が動いた。
助けなきゃいけないと。
「死んじゃダメ! 生きて! 生きて! 」
ノエルは治癒魔術を使った。
特に損傷がひどい胸を中心に、魔力を絞り出した。
名前もわからない、死にかけの青年のために。
―――生きて、生きて。
鼓膜に響き渡る、優しい声に呼応するように呼吸が早くなる。
青年の閉じた瞼の隙間から涙が、ゆっくりと零れ落ちた。
生きても良いんだと安堵したから。
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