呪いで常識を失ったのでロリと旅に出る

こが

第44話 助けを呼ぶ声がした

暗い、そして何より怖い。あの壁の厚さはたったの三メートル程度だったはずだ。わずか三歩で踏破出来るようなごくごく短い距離。

それが今はとてもつもなく遠く感じる。壁の中に突入し、全身を透過させたことで数ミリ先だろうとみることが出来ない。そして俺の瞳は透過させたことにより光も通さず真っ暗だ。

全身の感覚が非常に曖昧だ。ちゃんと俺は歩けているのか? 前に進んでいる? 自問自答しながら意識をしっかり保つようにひたすらに考え続ける。

今ここで考える事をやめてしまったら自分が分からなくなりそうだ。本当は歩いていないんじゃないか、落ちているんじゃないか、そんな事ばかり考えてしまう。

どうにかして落ちない様に、意識して持ち込んだ服や装備を少しずつ壁の中に残して目印にして破壊していく。

この持ち込んだ服や装備、そしてアイテムたちを少しずつ壁に引っ掛けて体が下に落ちない様にしていく。そこに引っかかりさえあれば落ちる事は無いはずだ。

まず最初に手袋を犠牲にする。一番自分の感覚から近いもので、前に手を伸ばしながら歩いているはずなのでそこを起点にしていた。肉体は完全に透過させているので常に装備だけが削られる。

少しずつ進むたびに手袋は無くなり、次は腕に触れていた服を順々にそぎ落としていく。

自分の位置さえわかっていればその位置を保てる。この装備が無くなっていく感覚だけが今の俺の命綱だ。もしもこれが無くなったら俺は壁の中でイチかバチかで行動するか、重力の惹かれるままに落ちていくしかない。

ダンジョンの構造がどうなっているかはわからないが無事に済む確率なんてほとんどないだろう。

腕の根元まで装備が破壊され、次は上半身の装備が無くなっていく。まずいな。感覚的には二メートルも進んでいないような気がする。

いけるのか? いやもうここまで来たら引き返す事も出来ない。進んでいると信じて進むしかない。

上半身の服も壁の中で破壊され、気持ちばかりが焦っていく。落ち着け、進んでいる、進んでいるはずだ。

きっと十秒も経っていないが俺にとって数十分経っているかのような緊張感。行けるはずだ。俺なら、大丈夫。

そして靴の片方が無くなり、もう片方の足を出した時、ついに抜けた。

靴が無くならず、その場にとどまっている。

一瞬安堵するがそれでもまだ不十分だ。もしこれが足先だけだったら? そこが違う場所だったら? はやる気持ちをぐっとこらえてもう一歩を踏み出す。

そしてさっき大丈夫だった足の位置に顔が出た時、俺は顔の部分の透過を解除し位置を確認して一気に体を壁から引っこ抜く。

「っつああああ!」

思わず声をだし息を吐く。当然壁の中に居る間は呼吸が出来ない。冗談抜きで死ぬ間際だった。数十分いるとか調子に乗って言ったけどそんなに息止めてられるわけないから実際数秒。盛ったわ。

「うおキミヒト!?」

「どっからきたんだ!?」

「ってか凄い恰好だな!」

俺の服はズタボロだった。上半身は服を着ていない。ズボンも全個所ダメージジーンズのようにぼろぼろ。靴に関しては片方ないしもう片方もかかと部分しかない。

ただ、戦うための剣はちゃんと無傷で持ってる。

「助けを呼ぶ声がした。加勢に来たぜ」

俺の登場を受けて固まっていたのはロンドの連中だけじゃない。コブリンたちもだ。奴らは本能的に壁が壊せないのを知っている。

それなのに壁の中から平然……平然じゃないが現れた俺に警戒心を強くしていた。時間を稼ぐことが目的なのでこの膠着状態はとてもありがたい。

中途半端な靴とかも邪魔だしな。

そしてこのゴブリン達。黒い。明らかに通常のゴブリンの変異種ですって雰囲気がバリバリ出てる。こいつは鑑定するしかないでしょう。

『黒ゴブリン:ゴブリンの変異種の上位種。とても強い』

へー、変異種なだけじゃなくてさらに上位種に変化したんかへー。え、思ったよりやばい連中なんじゃないのこれ。

「キミヒト、お前の行動に感激した。そして逃げろとも言いたい」

「この黒ゴブはヤバイ。連携だけじゃなく異常に速くて捉え切れない」

「すまねぇ。俺たちのせいでこんなことに巻き込んで」

自分たちも絶体絶命だというのに俺を逃がそうとするその姿勢、意地でも助けてあげたくなる。だから俺は一緒に戦いに来たことを告げる。

「いいや逃げない、俺が望んで来たんだ。俺はお前たちと共に戦う。それに頼りになる仲間たちもすぐ来るはずだ。それまで耐えるだけだ。簡単だろう?」

「無茶言ってくれるぜ」

だがその顔からは希望の光が見て取れる。さっきまでの悲壮感はもうない。

「キミヒト、右は任せる」

「あぁ、任せとけ」

ゴブリン達も俺の登場に驚いてはいたが、そろそろ動き出しそうなのを見て俺たちは構える。壁を背にしているから防衛するのが全方位じゃないのは助かる。

きっとロンドの連中はそれも含めて壁際に逃げたのだろう。よく見れば部屋の中心には魔法陣のような光も見えるし、冷静な判断だったと思う。

そしてゴブリン達との戦闘が始まる。

俺は透視を全開にして全方位を確認出来るようにする。後ろの方の情報はかなりあいまいだが、何かが攻撃してくるような気配を感じ取るくらいは可能になった。

前から来る剣を持ったゴブリンの攻撃を正面から受け、そのまま体を前に押し出すようにして他のゴブリンにぶつける。

上から降って来るゴブリンの攻撃は前に出た事で回避する。そして振り向きざまに剣を薙ぎ払い胴体に斬撃を叩き込む。

しかし素早いと言われているように空中なのにも関わらず絶妙に受け身を取り浅い傷をつけるのが精いっぱいだった。強い。

ここで俺一人だったらただ茫然と突っ立ってるだけでいい。透過しながら。しかしここには俺一人じゃない。

俺が透過してかわした場合、後ろを守ってくれているイケメンにターゲットがうつる可能性が高い。そのため自力での対処が必要になる。

攻撃にも透過は使えない。もしもこの剣が折れでもした場合防衛力は一気に下がる。スケルトンにやったみたいな衝撃を通すのも無理だ。相手が速すぎる。とても狙いが付けられない。

持ち込んだ予備の武器を取り出す暇もないだろう。その間に襲いかかられたらそれだけで詰む。

つまり非常にきつい。もって数分が限界なんじゃないだろうか。

「はぁ、はぁ」

「くそっ! なんだよこいつら」

俺たちは徐々に精彩を欠き始めダメージが増えて来ていた。ゴブリン達の攻撃方法は数を生かしたヒットアンドアウェイ。確実に時間をかけて殺す戦法だ。

自分たちに被害を出さずいかに相手を殺すかに長けている。しかしだからこそ俺達もギリギリ耐えている。もしも人数にものを言わせたごり押しをされていたら全滅していたかもしれない。

早く、早く来てくれみんな。

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