パーティー追放された者同士で組んだら、全員魔剣士だったけど割と万能で強かった件
第59話頑張るって、言ったじゃないですか?
熱い。
燃えるように熱い。
焼けこげてしまっているのではないかと、かろうじて動く視線で胸部を確認する。もちろん、体が燃えているはずもなく、ただ小さなナイフが右胸に刺さっている。
どこに刺さったらやばいのかなど知らないけど、少なくとも心臓のある左側でなくて助かった。
――助かった?
いや、助かってなどいない。現に黒い外套に身を包んだ三人組が、二十メートルと離れていないところまで来ている。
シェリーは? ――いた。
見つけたのではなく、シェリーが自ら駆け寄ってくる。いつしか見た、涙をいっぱいに抱えている瞳は大きく見開かれ、何かを必死に叫んでいるが、思考が付いてこなく、理解ができない。かろうじて、名前を幾度か呼ばれていることは分かった。
空を見上げるように仰向けに倒れた体はピクリとも動かない。唯一動くとすれば、口と目だけだろうか。
「シェ……リー。に、にげ……て」
また彼女が何かまくしたてるように口を動かし、同時に首を横に振った。
うつむいた彼女の頬を大粒の涙が伝った。
ハルトは意外にも焦ったり、恐怖を感じてはいなかった。先ほどまで溶けてしまうくらい熱かった体が、今では凍えるように冷たい。それに呼応するように思考も冷えて、冴えわたった。
「あ、あいつらは……たぶん、シェリーを……狙ってる。だ、から……」
シェリーはまたしても首を横に振る。
「ダメ! ハルトさんを置いていけません! わ、私が何とかします……!」
ごしごしと腕で顔を乱暴にこすり、赤くはれた目でシェリーは宣言した。
「無理……。あいつ、ら……君じゃ、勝てない……」
「分かってます! 分かってる……けど」
引き抜いた剣をそっと握るシェリーは肩を落とした。何かを諦めるような、そんな表情。罪悪感と悲壮感が混ざった目で、襲撃者を見ている。
襲撃者は意外にも用心深く、シェリーが逃げないと判断すると、二人は安っぽい剣を構え、もう一人は魔法を発動した。
細道を包み込むように半透明の障壁が現れる。おそらく、結界系の魔法だろう。駆け出し同然のシェリーではまず突破は不可能だ。
まずいな。
正直、完全に手詰まりだ。選択を誤ったのかもしれない。
このナイフは、おそらくだが致死性は秘めていない。せいぜい、体の自由を奪うくらいの毒しか付着させていない。
でも、たとえそれが分かっていたとしても、おそらくハルトはシェリーの代わりにナイフを受け止める選択をしただろう。
魔法が使える、ということは単なるごろつきなどではない。魔法を使えるのは冒険者だけだ。
勝手な推測になるが、彼らは誰かに雇われ、シェリーの暗殺、もしくは誘拐が目的だろう。結界まで張るということは、後者の可能性が高い。ひとまずはシェリーが今すぐに命を奪われる心配はなさそうだ。
迂闊であった。よく考えればわかることだ。異世界から来た勇者をよく思わない人は、もちろんたくさんいるのだ。どうして、シェリーがそのような人たちから狙われないと思っていたのだろうか。
ろくに働かない頭で、過去の過ちを振り返っていると、襲撃者の一人がまたしても詠唱を始めた。依然、他二人は剣を握りしめたまま動かない。
堅実すぎる相手は厄介だ。近づいてきてさえくれれば、シェリーの特殊能力で打開できる可能性があるのだが、手の届く範囲に来てくれないとなると、シェリー単体では勝ち目はゼロに等しい。
おそらく、彼らはシェリーの特殊能力を知っている。そう考えるべきだろう。
現に彼女もそれを悟っているようで、悔しそうに下唇をきつく噛んでいる。
「ごめんなさい……私のせいで。私が……弱いから。私が召喚されてしまったから……ごめんなさい。魔剣士なんかじゃなかったら、ハルトさんに出会うことも、こうしてハルトさんを危険にさらすこともなかったのに……」
唇から鮮血が滴る。それを見て、思わず胸が締め付けられた。ナイフに刺された痛みよりもきつく、苦しい。
どうして彼女がこんな悲しい表情を取らなければいけないのだろうか。
瞬間、冷たく凍り付いた体の芯から、温かい何かが溢れてきた。それは矛にも盾にもなりうる、不思議な力。
「……おせぇよ」
魔力が、湧き上がってきた。三人がクエストから帰ってきて、近くまで来ているのだろう。
しかし、状況は変わらない。どんなに魔力が上がろうと、力がみなぎろうと、麻痺した体は動かない。三人はまだ遠い。待っている間に襲撃者の魔法が完成するだろう。
襲撃者が振り上げた手に魔方陣が出現し、パチっと軽快なはじける音が鳴る。はじける音は徐々に大きさを増し、いつしかボッ、ボッと空気を激しく燃やす。
直径一メートルないくらいの大きさまで膨れ上がった火炎球は、今にも襲撃者の手を離れてハルトたちを襲いそうだ。
それを見て、予想が外れたことを確信した。彼らはハルトもろとも、シェリーを殺そうとしている。
「シェリー……あ、れはヤバイ……。おねがい、だか……ら、逃げてくれ」
「ダメです! 絶対にダメです!」
大粒の涙をとめどなく流し、彼女は断固としてその場を動こうとしない。
シェリーは微笑み、剣から手を離した。そして、ハルトの手をそっと握りしめた。
「せめて、一緒に死なせてください……。お願いです……」
刹那、体を電撃が走ったような感覚に襲われた。実際に電撃が走ったわけではなく、正確には脳に一撃、落雷が落ちたような衝撃だ。もっと、簡単に述べよう。閃いたのだ。
成功する保証はない。それでも、試すべきだ。
結果として、シェリーとハルトが生き残ったとして、シェリーは心に深い傷を負ってしまうかもしれない。いや、確実にそうなるだろう。それでも、死ぬよりはマシだ。
シェリーにはまだ、この世界の素晴らしいところを教えられていない。彼女は知るべきなのだ。知らなければいけない。
世界は理不尽なことだけではないのだと。
「シェリー……。俺の……魔力を、使え……」
「えっ……?」
シェリーがきつく閉じていた瞳をうっすらと開いた。
そして、彼女も悟った。唯一の選択肢を。
「魔力吸収……」
「そう、だ。早く……使って!」
「で、でも! 魔法は詠唱をしないと使えないんじゃ――!」
「つか、える……。威力は落ちる、けど……。む、えいしょうでも……魔法は使える!」
襲撃者の手から火炎球が放たれた。火炎球は徐々にスピードを上げ、ぐんぐんと迫ってくる。
既に熱風が二人を襲っている。
「……早く! 頑張るって、決めたんだろ!」
喉が反発するように震える。
手が強く握りしめられる。
そして、シェリーは大きく頷いた。
その瞬間、雪崩のごとく襲い掛かってくる頭痛、嘔吐感、眩暈。視界がぐにゃぐにゃに捻じれ、頭がかち割れる。全身から命を持っていかれるような、力という力がすべて抜け落ちた。
朦朧とする意識は制御などできるはずもなく、急速に視界が暗くなる。
最後に映ったのは、暗闇を照らすような輝きを放った巨大な氷塊であった。
燃えるように熱い。
焼けこげてしまっているのではないかと、かろうじて動く視線で胸部を確認する。もちろん、体が燃えているはずもなく、ただ小さなナイフが右胸に刺さっている。
どこに刺さったらやばいのかなど知らないけど、少なくとも心臓のある左側でなくて助かった。
――助かった?
いや、助かってなどいない。現に黒い外套に身を包んだ三人組が、二十メートルと離れていないところまで来ている。
シェリーは? ――いた。
見つけたのではなく、シェリーが自ら駆け寄ってくる。いつしか見た、涙をいっぱいに抱えている瞳は大きく見開かれ、何かを必死に叫んでいるが、思考が付いてこなく、理解ができない。かろうじて、名前を幾度か呼ばれていることは分かった。
空を見上げるように仰向けに倒れた体はピクリとも動かない。唯一動くとすれば、口と目だけだろうか。
「シェ……リー。に、にげ……て」
また彼女が何かまくしたてるように口を動かし、同時に首を横に振った。
うつむいた彼女の頬を大粒の涙が伝った。
ハルトは意外にも焦ったり、恐怖を感じてはいなかった。先ほどまで溶けてしまうくらい熱かった体が、今では凍えるように冷たい。それに呼応するように思考も冷えて、冴えわたった。
「あ、あいつらは……たぶん、シェリーを……狙ってる。だ、から……」
シェリーはまたしても首を横に振る。
「ダメ! ハルトさんを置いていけません! わ、私が何とかします……!」
ごしごしと腕で顔を乱暴にこすり、赤くはれた目でシェリーは宣言した。
「無理……。あいつ、ら……君じゃ、勝てない……」
「分かってます! 分かってる……けど」
引き抜いた剣をそっと握るシェリーは肩を落とした。何かを諦めるような、そんな表情。罪悪感と悲壮感が混ざった目で、襲撃者を見ている。
襲撃者は意外にも用心深く、シェリーが逃げないと判断すると、二人は安っぽい剣を構え、もう一人は魔法を発動した。
細道を包み込むように半透明の障壁が現れる。おそらく、結界系の魔法だろう。駆け出し同然のシェリーではまず突破は不可能だ。
まずいな。
正直、完全に手詰まりだ。選択を誤ったのかもしれない。
このナイフは、おそらくだが致死性は秘めていない。せいぜい、体の自由を奪うくらいの毒しか付着させていない。
でも、たとえそれが分かっていたとしても、おそらくハルトはシェリーの代わりにナイフを受け止める選択をしただろう。
魔法が使える、ということは単なるごろつきなどではない。魔法を使えるのは冒険者だけだ。
勝手な推測になるが、彼らは誰かに雇われ、シェリーの暗殺、もしくは誘拐が目的だろう。結界まで張るということは、後者の可能性が高い。ひとまずはシェリーが今すぐに命を奪われる心配はなさそうだ。
迂闊であった。よく考えればわかることだ。異世界から来た勇者をよく思わない人は、もちろんたくさんいるのだ。どうして、シェリーがそのような人たちから狙われないと思っていたのだろうか。
ろくに働かない頭で、過去の過ちを振り返っていると、襲撃者の一人がまたしても詠唱を始めた。依然、他二人は剣を握りしめたまま動かない。
堅実すぎる相手は厄介だ。近づいてきてさえくれれば、シェリーの特殊能力で打開できる可能性があるのだが、手の届く範囲に来てくれないとなると、シェリー単体では勝ち目はゼロに等しい。
おそらく、彼らはシェリーの特殊能力を知っている。そう考えるべきだろう。
現に彼女もそれを悟っているようで、悔しそうに下唇をきつく噛んでいる。
「ごめんなさい……私のせいで。私が……弱いから。私が召喚されてしまったから……ごめんなさい。魔剣士なんかじゃなかったら、ハルトさんに出会うことも、こうしてハルトさんを危険にさらすこともなかったのに……」
唇から鮮血が滴る。それを見て、思わず胸が締め付けられた。ナイフに刺された痛みよりもきつく、苦しい。
どうして彼女がこんな悲しい表情を取らなければいけないのだろうか。
瞬間、冷たく凍り付いた体の芯から、温かい何かが溢れてきた。それは矛にも盾にもなりうる、不思議な力。
「……おせぇよ」
魔力が、湧き上がってきた。三人がクエストから帰ってきて、近くまで来ているのだろう。
しかし、状況は変わらない。どんなに魔力が上がろうと、力がみなぎろうと、麻痺した体は動かない。三人はまだ遠い。待っている間に襲撃者の魔法が完成するだろう。
襲撃者が振り上げた手に魔方陣が出現し、パチっと軽快なはじける音が鳴る。はじける音は徐々に大きさを増し、いつしかボッ、ボッと空気を激しく燃やす。
直径一メートルないくらいの大きさまで膨れ上がった火炎球は、今にも襲撃者の手を離れてハルトたちを襲いそうだ。
それを見て、予想が外れたことを確信した。彼らはハルトもろとも、シェリーを殺そうとしている。
「シェリー……あ、れはヤバイ……。おねがい、だか……ら、逃げてくれ」
「ダメです! 絶対にダメです!」
大粒の涙をとめどなく流し、彼女は断固としてその場を動こうとしない。
シェリーは微笑み、剣から手を離した。そして、ハルトの手をそっと握りしめた。
「せめて、一緒に死なせてください……。お願いです……」
刹那、体を電撃が走ったような感覚に襲われた。実際に電撃が走ったわけではなく、正確には脳に一撃、落雷が落ちたような衝撃だ。もっと、簡単に述べよう。閃いたのだ。
成功する保証はない。それでも、試すべきだ。
結果として、シェリーとハルトが生き残ったとして、シェリーは心に深い傷を負ってしまうかもしれない。いや、確実にそうなるだろう。それでも、死ぬよりはマシだ。
シェリーにはまだ、この世界の素晴らしいところを教えられていない。彼女は知るべきなのだ。知らなければいけない。
世界は理不尽なことだけではないのだと。
「シェリー……。俺の……魔力を、使え……」
「えっ……?」
シェリーがきつく閉じていた瞳をうっすらと開いた。
そして、彼女も悟った。唯一の選択肢を。
「魔力吸収……」
「そう、だ。早く……使って!」
「で、でも! 魔法は詠唱をしないと使えないんじゃ――!」
「つか、える……。威力は落ちる、けど……。む、えいしょうでも……魔法は使える!」
襲撃者の手から火炎球が放たれた。火炎球は徐々にスピードを上げ、ぐんぐんと迫ってくる。
既に熱風が二人を襲っている。
「……早く! 頑張るって、決めたんだろ!」
喉が反発するように震える。
手が強く握りしめられる。
そして、シェリーは大きく頷いた。
その瞬間、雪崩のごとく襲い掛かってくる頭痛、嘔吐感、眩暈。視界がぐにゃぐにゃに捻じれ、頭がかち割れる。全身から命を持っていかれるような、力という力がすべて抜け落ちた。
朦朧とする意識は制御などできるはずもなく、急速に視界が暗くなる。
最後に映ったのは、暗闇を照らすような輝きを放った巨大な氷塊であった。
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