私が「彼女」であった頃

椋畏泪

「ただいま」
旦那の帰宅の声で追憶の世界から、日常と現実の世界へと戻された。私は「おかえり」と言いながら、マサちゃんのデータを電話帳から完全に削除した。データを消したって思い出が消え去ってしまうことはない。それに、今の私は、旦那と息子を愛している。
「ね、今度の週末ってあいてる?」
夫は「ちょっと待ってね」と言ってスケジュール帳を確認して「うん、どこか出かける?」と返す。上着を脱いで、靴下を洗濯機に入れようと向かったので、「ごめん、今回してる」と言うと、洗濯機の前に置いて戻ってくる。
「ね、遊園地いこうよ。家族三人で」
夫は一瞬虚をつかれたような表情を浮かべたが、すぐに「それじゃ、レンタカー借りておくよ」と優しく返してくれた。
息子の喜ぶ顔を想像して、まだ見ていない未来の表情なのに、どうしようもなく愛おしく感じた。

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