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お母さんは魔王さまっ~朝薙紗凪が恋人になりたそうにこちらを見ている~

詩一

第52話 口いっぱいの幸福

今日は母さんの仕事が遅いので、俺がご飯を作る。
とは言え、常備菜の数々は母さんが作り置いてくれているので、メインの炒め物を一品作るくらいなのだが。
生鮮食材も売っているディスカウントショップで買った、肉と野菜を並べる。
更に冷蔵庫を開けて食材の確認。
やけに肉と野菜が多いな。しかも俺が今日買った食材と被っている。
まさか、母さん、俺が作る料理がワンパターンだから、先を見越して買ってきていたのか。それならそうとなぜ教えてくれないんだ。
携帯端末を見ると母さんからのメールが届いていた。空手部の道場にお邪魔している時にどうやら届いていたらしい。食材が買ってある旨が記載されている。
どうしよう。
あ。
紗凪さなぎが居るから大丈夫じゃん。
冷蔵庫の中身も良く見ると二人分。今日買って来た食材も二人分。
足して四人分。大丈夫。一人当たりの量がちょっとだけ多くなるけど大丈夫。
先にシャワーを浴びて、宿題をささっと片づけて、台所の前に立ったところで、ちょうど頃合の時間になっていたので作り始める。作り終わる頃には母さんも帰ってくるだろう。いやでも待てよ。紗凪は今日も遅くまでバイトなんじゃあないか? もう四人分入れて炒めてしまっているので今更軌道修正は出来ないが、彼女だけレンチンと言うのはなんだか申し訳ないな。
普段二人分しか炒めた事の無いフライパンから溢れんばかりの具材を見ながら、少しだけメランコリックになった。彼女が一人でもそもそとご飯を食べる姿を想像してしまったから。
「ただいまー、わあー、いい匂い」
「おかえりー、雨大丈夫だった?」
「うん、もう少しで降って来そうだったけど」
火を消して玄関の方を見る。
「お邪魔します」
紗凪の声だ。
「あれ? 二人とも一緒だったの?」
「うん。たまたま同じ電車に乗ってたのよ。改札で一緒になったから一緒に帰りましょって」
「でも紗凪がこんな時間にバイト終わるなんて、珍しいな」
「早く上げて貰った。比々色ひひいろ家にお邪魔するのに22時過ぎと言うのは迷惑かと思って」
「良かったよ!」
「え?」
「紗凪が早く帰って来てくれて良かった!」
「あ、うん」
なんだか物凄く救われた気がした。ただ、紗凪が予定より早く帰ってきただけなのに。
紗凪と母さんは顔を見合わせる。
「なんだか嬉しそうね」
ふふふ、と母さんは笑った。
二人が玄関から各々の部屋に行って着替えを済ませている間に、食卓を彩って行く。
三人でテーブルを囲み、いただきますと挨拶をする。
燈瓏ひいろうちゃん、なんだか多くない?」
「いやいや育ちざかりの高校生が二人なんだから妥当だよ。まあ、次回からは少なめに作るつもりだけど。母さんもこれよりは少なめに作ってね。矛盾しているけど」
母さんが呆れたように笑う。
「初めて三人分作るんだものね。ま、少ないよりはいいわよね」
「紗凪、遠慮せずにジャンジャン食えよ。俺は食べ切る自信全くないから」
「ありがとう」
紗凪は俺の作った野菜炒めを口いっぱいに頬張る。
「燈瓏ちゃん、嬉しそうね」
「うん? そう? まあ紗凪が帰って来てくれて、一緒にご飯が食べられるからかな」
「そっか。私も一緒に食べられて嬉しいわ」
「三人分まとめて作り始めてから、紗凪が帰って来るの遅かったらどうしようって思ったんだよ。折角作ったのにレンチンかよって。気付くの遅いよな。ははっ」
そう言って紗凪を見ると、口いっぱいに野菜炒めを頬張ったまま、俯いて震えていた。
「え、な、ど、どうした?」
もしかして不味いのか?
今まで俺の料理を食べたことがあるのは、自分自身と母さんくらいだ。今まで母さんには批評の言葉を頂いた事は無いから自信満々に料理を作っていたが、俺はもしかして飯マズなのか? 母さんが今まで不味いと一言も言った事が無いのは、間違った愛情表現なのか? ゆとり教育が産んだ悲しきモンスターなのか俺は!?
「無理するな。不味かったら、吐き出していいぞ」
そう言ってティッシュを渡す。
すると紗凪はティッシュで目元を抑えた。
よく見るとテーブルには透明な水滴が落ちていた。
泣いているのか?
「な、泣く程不味かったのか。ごめん。いや、ホントすいませんでした」
俺が消沈しながら謝ると、紗凪は首を振り、俯いていた顔をこちらに向けた。
涙と鼻水をダラダラと流しながら口の中がパンパンの紗凪はまるで子供の様だった。
「ひがうほぉ」
「え?」
一言言って咀嚼そしゃく
「ふごふ、おいひふへ」
「ええ?」
もう一言言って咀嚼。
「おいひふひへえぇえええええん……!」
と、そのまま声を上げて泣いて、咀嚼。
「げほっ! ごほっ!」
しかしむせた。
俺は席を立ち、紗凪の背中をさすりながら、彼女の口からテーブルに吐き出された野菜クズをティッシュで拭き取る。
はあ、はあ、と肩で息をする紗凪は、道場で冷酷な眼差しを向けていた時とはまるで違う。
「えっと……?」
俺が困惑していると、母さんが紗凪に微笑みかける。
「違うのよね」
紗凪がコクッと頷く。
「凄く美味し過ぎて、泣いちゃったのよね」
またも頷く。
「マジで!?」
それにも頷く。
母さん、紗凪さん、俺は決めましたよ。料理の道で生きていく事を。野菜炒めしか作れないけど。
涙を拭い、鼻水を拭う。鼻声のまま続ける。
「それに……それにぃ」
また目尻に涙が浮かぶ。
「燈瓏君が、私とご飯を食べられて嬉しいって言ってくれて、嬉しくて……!」
これが、彼女のこらえて来たものなのだろう。父親にどれだけ尽くしても感謝をされない。それでも亡き母を思うと、父を見捨てる事も出来ない。せめて、せめて、せめて作った料理を美味しいと笑ってくれれば、どれほど彼女は救われた事だろう。
そんな生活の中だ。
自分の事を思って作り出される料理がこの世に在ると、今までの人生の中で想像さえもして来なかったのだろう。家族が自分の帰りを心待ちにして料理を作って待っている。そんな当たり前の事が、彼女にとっては非日常なのだ。
いつも感情を表に出さない彼女が、全くの他人である母さんの前で臆面もなく、まるで子供の様に泣く程、目から鱗の大事件だったのだ。
これからもこうやって、彼女が目の前で感情の起伏を見せてくれるくらい、弱さを見せてくれるくらい、俺は優しくなりたい。
彼女の強靭きょうじんもろさを包んでやれる様な、そんな人になりたい。
俺は決心を胸に抱き、別に咽てもいない紗凪の背中をそっと摩った。

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