お母さんは魔王さまっ~朝薙紗凪が恋人になりたそうにこちらを見ている~

詩一

第48話 全面戦争

休憩時間、トイレを出て行くところで呼び止められた。
振り返ると見覚えの無い男子生徒が居た。同じ学年の様だが、クラスは同じになった事が無い人だ。長身、イケメン、金髪ロン毛に加え、だらしなく出したシャツとガバガバに緩められたネクタイと言う明らか不良な外見だから、一度でも関わり合いが有れば覚えているだろう。
「何?」
俺の問いかけに、男子生徒は詰め寄る。
「すっとぼけてんじゃねえぞオラ!」
見た目以上に苦手なタイプの人だった。
「悪いけど、本当に何の事かわからないから、何を怒っているのか説明してくれないか」
務めて冷静に言う。
「テメエ、季司花きしかと同じクラスの比々色ひひいろだろ?」
「そうだよ」
季司花って、薄拂すすきはらさんの名前だっけ。
で、彼女を呼び捨てにしているという事は、薄拂さんの彼ぴっぴか。
彼ぴっぴが俺に何の用だろうか。
「テメエが季司花を泣かせたって聞いたぞ」
ん?
泣いてたか?
怒ってはいたけど。
「何かの間違いだと思うが」
「オレはちゃんとしたスジから聞いたんだ」
スジってなんだよ。
でも、わざわざスジって言うなら、薄拂さんが言ったわけじゃあないんだな。そうすると、議員の二人のどちらかか、あるいは二人ともが情報を提供したのか。
「情報元はだいたい察しがつくけど、それはフェイクニュースだ」
「いいや! テメエは季司花を泣かせたんだ」
こういう狭い視野でしかものを見られない人間がフェイクニュースを疑いもせず信じて、拡散して、あらゆる間違いが不条理に引き起こされるんだろうなあ。
「君がその情報を信じて疑わないと言うのならば、俺は何を言っても無駄だ。だから一応、彼女が泣いていたとして、結局君は俺に何の用なんだ」
「あいつを泣かせた奴をオレは許せねえ。だからオレはお前を殴る」
そう言って彼ぴっぴは拳を構えた。
はあ。
今日は朝から暴力沙汰が多いな。

トイレから教室に戻ると、紗凪さなぎが俺の異変に気付き椅子から立ち上がった。
俺の前に来て両頬に手を当て、マジマジと覗き込む。
「なんだよ」
「誰にやられたの?」
鏡で見た時はジンジンしているだけで、そんなに腫れてなかったが、今は腫れているのだろうか。
「別に、ただうっかり転んだだけだ」
俺は視線を逸らした。その視線の先には陽織ひおりさんが居た。
「二人とも、いくら仲良くても教室ではそう言うのはやめといた方がいいよ」
二人ともと言いながら、視線は俺から離れない。
「いや。俺は別に」
しかしそんな陽織さんの忠告など他所よそに、紗凪は俺の腫れている部分を触りながら呟いた。
「ボクシングのジャブやストレートのような打痕だこんじゃあない。空手の正拳上段突きのよう。角度はほぼ正面から。という事は燈瓏君より背の高い相手。更に正確に拳の面で捉えた打ち方をしている。という事は有段者。まさか、主将さん……?」
「いや、主将じゃあないよ」
「ほら、やっぱり殴られたんじゃあない」
「う。引っ掛けたな。卑怯だぞ」
「卑怯なのはどっち? 貴方は私を守ろうとする癖に、私は貴方を守ってはいけないと言うのは、フェアじゃないでしょう」
「だいたいお前は俺を守ろうって言うより、殴った奴に報復してやろうって腹だろ?」
「だとしたら何?」
「やめておけ」
「もしも燈瓏ひいろう君が、憎しみによる報復は新たな憎しみを産むだけだ、とか言うド正論を吐くなら、糞喰らえだわ。こちらは大切な人を傷付けられたの。憎しみ上等。報復上等。全面戦争してやるわ」
なんでこんなにこじれるんだ。
「あの、燈瓏君誰かに殴られたの?」
「そう。空手部の誰か」
紗凪が答える。
「大丈夫?」
陽織さんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫」
俺はへらへら笑って見せた。ジンジンと痛かったけれども。

昼食、屋上に向かう途中、谷我城先輩と会った。
「朝薙さん、今朝は本当にすみませんでした」
紗凪は深々と頭を下げられたが、何の興味もないと言ったような眼で、彼の後頭部を見下ろしていた。
「それから」
先輩は俺に向き直る。
「えっと、名前はなんと言うのかな?」
「比々色です」
「比々色君。今朝は君を押し倒してしまってすまなかった」
「いえいえ」
「それから、恥ずかしながら君には助けられた。君はあの時誰よりも戦士だった。自分の身を犠牲にして俺を庇ってくれたんだから」
「そんな、大袈裟ですよ」
「いやいや」
そう言って空手部主将は俺の両の手を握った。
俺の二倍はあるかと言う大きな手だ。流石武道家だ。
「本当に、ありがとう」
先輩はビシッと姿勢を正して頭を下げた。
「どういたしまして」
顔を上げた先輩は、一変、怪訝けげんな顔つきで俺を見た。
「うん? その腫れは、朝は無かったようだが……、もしかして俺が押した時にどこかぶつけてしまったのか!?」
先輩は狼狽うろたえた。
「いいえ。それは誰かに殴られたの」
紗凪が代わりに答える。
「一体誰がそんな事を?」
「空手部の誰か」
そう言われ、先輩はみるみる青褪あおざめていく。
「うちの部員が……暴力……」
空手部のみならず、運動系の部活にとって暴力沙汰はご法度はっとだ。
主将としては見過ごせない件であり、同時に出来れば見過ごしたい件でもある。
もしも俺が先生に報告しようものなら、当該部活は無期限の大会出場禁止となる。まずは当該者が部活動を辞め、更にその部活は社会福祉に貢献して、悔い改めた事を、先生方を含めた学校内外にアピールしなければいけない。
主将は三年生だ。恐らく最も出たいであろう最後の夏の大会に出場できなくなる。
彼は確かに今朝まさに、場外での喧嘩を行おうとした身分である。だから彼も暴力行為を行っていた可能性は有るわけだが、未遂に終わっている。
それに主将としては暴力と言うよりは格上の相手に挑んだと言う感覚だったはずだ。
なので今回の暴力沙汰を聞いて、震えているのだろう。
「燈瓏君は殴った犯人を言いたがらない。だから今回の事はおおやけにはならないと思う。だから空手部は何事も無かったように部活動が出来る。けれどそれでは、私の気が収まらないわ」
「朝薙さんの気持ち、解ります。自分にとっても、比々色君は命の恩人ですから」
「そこで主将にお願いがあるの」
嫌な予感しかない。
「なんなりと」
「今日の放課後、部活動に参加するわ」
「はい。是非」
「燈瓏君も連れて行く」
「なんで俺が?」
「燈瓏君じゃなければ犯人が誰か解らないでしょ?」
「俺が犯人を言うとでも?」
「言わなかったら全員に手を下すまで。言ったでしょう? 全面戦争って」
こうして俺は放課後空手部の見学に行く事になった。

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