お母さんは魔王さまっ~朝薙紗凪が恋人になりたそうにこちらを見ている~
第36話 理人
次の日の朝早く紗凪と共に下山した。
紗凪はガッタガタの自転車を押して帰ろうとしたのだが、良煙寺夫婦の心遣いで引き取って貰う事になった。粗大ゴミに出すにもお金が掛かるだろうと思ったし、何より泊めて貰ったお礼も兼ねてお金を支払おうとしたのだが、
「これは玄関に飾っておきます。来た人に自慢しますよ」
と言われてしまい、結局出せず仕舞いになってしまった。
俺の心根を悟ってか、理三郎さんはにっこり笑って言った。
「何かお返しをしたいと言う思いがあるなら、また来てください。この家は私達二人には広すぎる。二人が来てくれたら、私達も元気が出ますし。そう、まるで孫が出来たみたいで」
「お孫さんは、いらっしゃらなかったんですね」
「そうですね。今は。もうすぐ産まれるとか娘が言っていましたが。産まれる前に一度顔を出しに来るとは聞いているのですが、いつ来るのやら。如何せんここは寂れた田舎ですからね。そもそもただ来るだけでも一苦労ですから」
はっはっは。と爽快に笑った。
良煙寺家から下って行くと、丁度登山口の辺りに、若い夫婦らしき人達を見た。
どうやらこの山を登って行くらしい。
「こんにちは」
にこやかに挨拶をされ、遅れて挨拶を返した。
奥さんの方が会話を続ける。
「お客さんがいらしていたのね」
目を落とすと、奥さんのお腹が少しだけ膨らんでいる。
「もしかして、良煙寺さんの……」
娘さん? っと伺うには彼女の方が年上なので憚られた。
「そう。良煙寺理三郎、菜花の娘の葦原理花です。こちらは主人の風人さん」
「どうも」
風人さんと呼ばれた人は一層にっこり笑う。
「朝薙紗凪です」
「比々色燈瓏です。今丁度、お二人の話を理三郎さんから聞いたところです。そろそろお孫さんが産まれると」
「あら、そうだったの」
紗凪が一歩踏み出し、何かを言いたげにしている。
「紗凪ちゃん、この子の事、触ってくれる?」
「は……い……」
多分、初めから触りたかったのだろう。本能と言う奴で。だが言い出せずにいて、渡りに船の言葉が来た。しかしそれでも怖いのだろう。産まれる以前の、自我の無い、何ら防御行動の取れない期間。人間が最も弱い時だ。そこに母の皮膚越しとは言え、触れる事が。
「あ、の……」
「何?」
「名前、は……?」
「それがね。まだ決まってないの。今日はそれを決めに来たのよ」
「じゃ、じゃあ……」
彼女は思考を巡らせる。
「葦原ジュニア」
辿り着いた答えを口にしながら理花さんの腹を撫でた。
いつもなら俺が突っ込むところだが、今ここで不要に突っ込んで紗凪がびっくりして事故が起こらないとも限らない。
「そうだ! 二人ともこの子の名前を考えてくれない?」
「良いんですか?」
「勿論、候補としてね。ノミネートするだけだから、絶対その名前になるわけじゃあないけど」
名付け親になるかも知れない。そう思うとなんだか急に緊張してきた。
紗凪はとても難しそうな顔をしている。
「あの、理花さんはコトワリのハナでいいんですよね」
「ええ、そうよ」
「風人さんはカゼにヒトビトのヒト?」
「うん」
「お子さんは男の子ですか?」
「多分。エコーの感じだと。生まれて来るまで分からないんだけど」
「なら、男の子ならコトワリのヒトで理人君。女の子なら風の花で風花ちゃんと言うのはどうでしょうか?」
「わあ! 素敵ね! もうなんかこれに決定しそう! ありがとう!」
「いえ」
飛び上がらんばかりの歓喜に満ち溢れる理花さんとは対象的に、言葉少なな紗凪。しかし誰にも見えないその低い位置にある彼女の拳は握りしめられており、多分内心ガッツポーズで喜んでいるのだろうと言う憶測が、容易にできるのだった。
紗凪はガッタガタの自転車を押して帰ろうとしたのだが、良煙寺夫婦の心遣いで引き取って貰う事になった。粗大ゴミに出すにもお金が掛かるだろうと思ったし、何より泊めて貰ったお礼も兼ねてお金を支払おうとしたのだが、
「これは玄関に飾っておきます。来た人に自慢しますよ」
と言われてしまい、結局出せず仕舞いになってしまった。
俺の心根を悟ってか、理三郎さんはにっこり笑って言った。
「何かお返しをしたいと言う思いがあるなら、また来てください。この家は私達二人には広すぎる。二人が来てくれたら、私達も元気が出ますし。そう、まるで孫が出来たみたいで」
「お孫さんは、いらっしゃらなかったんですね」
「そうですね。今は。もうすぐ産まれるとか娘が言っていましたが。産まれる前に一度顔を出しに来るとは聞いているのですが、いつ来るのやら。如何せんここは寂れた田舎ですからね。そもそもただ来るだけでも一苦労ですから」
はっはっは。と爽快に笑った。
良煙寺家から下って行くと、丁度登山口の辺りに、若い夫婦らしき人達を見た。
どうやらこの山を登って行くらしい。
「こんにちは」
にこやかに挨拶をされ、遅れて挨拶を返した。
奥さんの方が会話を続ける。
「お客さんがいらしていたのね」
目を落とすと、奥さんのお腹が少しだけ膨らんでいる。
「もしかして、良煙寺さんの……」
娘さん? っと伺うには彼女の方が年上なので憚られた。
「そう。良煙寺理三郎、菜花の娘の葦原理花です。こちらは主人の風人さん」
「どうも」
風人さんと呼ばれた人は一層にっこり笑う。
「朝薙紗凪です」
「比々色燈瓏です。今丁度、お二人の話を理三郎さんから聞いたところです。そろそろお孫さんが産まれると」
「あら、そうだったの」
紗凪が一歩踏み出し、何かを言いたげにしている。
「紗凪ちゃん、この子の事、触ってくれる?」
「は……い……」
多分、初めから触りたかったのだろう。本能と言う奴で。だが言い出せずにいて、渡りに船の言葉が来た。しかしそれでも怖いのだろう。産まれる以前の、自我の無い、何ら防御行動の取れない期間。人間が最も弱い時だ。そこに母の皮膚越しとは言え、触れる事が。
「あ、の……」
「何?」
「名前、は……?」
「それがね。まだ決まってないの。今日はそれを決めに来たのよ」
「じゃ、じゃあ……」
彼女は思考を巡らせる。
「葦原ジュニア」
辿り着いた答えを口にしながら理花さんの腹を撫でた。
いつもなら俺が突っ込むところだが、今ここで不要に突っ込んで紗凪がびっくりして事故が起こらないとも限らない。
「そうだ! 二人ともこの子の名前を考えてくれない?」
「良いんですか?」
「勿論、候補としてね。ノミネートするだけだから、絶対その名前になるわけじゃあないけど」
名付け親になるかも知れない。そう思うとなんだか急に緊張してきた。
紗凪はとても難しそうな顔をしている。
「あの、理花さんはコトワリのハナでいいんですよね」
「ええ、そうよ」
「風人さんはカゼにヒトビトのヒト?」
「うん」
「お子さんは男の子ですか?」
「多分。エコーの感じだと。生まれて来るまで分からないんだけど」
「なら、男の子ならコトワリのヒトで理人君。女の子なら風の花で風花ちゃんと言うのはどうでしょうか?」
「わあ! 素敵ね! もうなんかこれに決定しそう! ありがとう!」
「いえ」
飛び上がらんばかりの歓喜に満ち溢れる理花さんとは対象的に、言葉少なな紗凪。しかし誰にも見えないその低い位置にある彼女の拳は握りしめられており、多分内心ガッツポーズで喜んでいるのだろうと言う憶測が、容易にできるのだった。
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