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お母さんは魔王さまっ~朝薙紗凪が恋人になりたそうにこちらを見ている~

詩一

第32話 ラッキースケベ

庭園と呼んで差し支えない程大きな庭。更には大浴場まであるのだから、もう本当に稽古場付きの旅館と呼べる。地図アプリに宿泊施設として掲載されていないのが不思議なくらいだ。
脱衣所で衣服を脱いで中に入る。
カラカラと言う軽快な音を立てて扉を開けると湯煙が視界を覆った。
立ち上る湯気を追うとかなり高い所に天井があった。
向かって右側の壁は完全に塞がれておらず、上部が向こう側に繋がっているようだ。きっとその向こうに紗凪さなぎが居るのだろう。
「おーい、紗凪。居るかー?」
「居るけど」
なんか滅茶苦茶近い所で声がしたような。
視界が開けると同時に飛び込んできたのは、湯船に浸かっている紗凪だった。
「うああああ!」
俺は情けない悲鳴を上げながら両手で目を覆った。
「見てない見てない! 見てません! すいませんすいません!」
「そう。私はガッツリ見ているけど」
「見るなよなああ!」
俺はその場で目をつむって体操座りをする。
「どうして恥ずかしがっているの?」
「いや恥ずかしいだろ普通! なんで平気なんだよ!」
「だって私がお風呂に居る事は明白なのに、貴方は知りながらに入ってきたじゃあない? という事は、そう言う事かなと思って」
そう言えばそうだ。さっき理三郎りざぶろうさんが今すぐ入れる様な感じで言っていたから、勘違いしていた。
「理三郎さんが気にせず入れるって言ってたから、男女別だと思ったんだよ」
「そう。燈瓏ひいろう君はそう言うつもりじゃあなかったの。残念」
残念がるなよ。
――じゃばあ。
目を瞑っているので何が起こっているのかはわからないが、何やら不穏な音がしたのは明確である。
ひた。ひた。
と素足が地面に着く音が近づいてくる。
「燈瓏君」
「はい」
「目、開けてないよね」
「勿論だ。見てないから安心してくれ。もう出るのか?」
「ううん」
じゃあなんでこんなところで立ち話してるんだ。
俺は座っているけど。
と言うか、なんだこの間は。
「洗ってあげる」
「結構です」
「まあまあ、遠慮せず。背中を流すだけだから。何と言うか、憧れ? 大浴場で旦那の背中を流すってなんか本当に夫婦で旅館に来たみたいだし。折角だから、それっぽい事をしたい」
旦那じゃあないけどなと言う突っ込みをわざわざ入れている余裕はない。
「じゃあ、あれだ。寝る前にトランプしよう。それでいいだろ」
「嫌よ。だって燈瓏君トランプゲーム軒並み強いんだもの」
石鹸とボディタオルを擦る音が聞こえる。
こいつ全然聞いてねえ!
背中に泡が触れる。
観念するしかない。
「本当に、背中だけにしてくれよ」
「解ってる。燈瓏君が不本意な形で私の願いを叶えたくないもの」
こう言う科白せりふが出てくる時、彼女は嘘を吐かない。信じよう。
「でも、泡で手が滑るなんて事はあるかも知れない」
「おい」
「そんな事が仮にあったとしても、絶対に目を開けないで。私、本当にすっぽんぽんだから」
う。
実際、紗凪が入っているところに俺が乱入してきただけで、どっちが加害者かと問われれば俺なのだ。予期せぬ事故により、例えば彼女の手が、俺の触れて欲しくない所に触れてしまったとしても、俺にとがめる権利は無い。
しかしそんな俺の心配を余所に、彼女は丹念に背中をゴシゴシと洗ってくれる。
良かった。そう言うところ真面目な人で。
もにゅ。
何だ今の感触は。
ボディタオルではない感触が、今、背中にある。
「さて、一体何で触っているでしょうか」
声が近い。
鼓膜から脳みそがとろけてしまいそうだ。
紗凪の濡れた髪の毛が肩と腕に当たってくすぐったい。
という事は随分と俺に近い所に居るという事で。
まさか。
いやいやいやいや!
「手! 手だ! 手! 手です! それ以外は無い!」
くふふふ、耳元で悪戯っぽい笑い声か聞こえる。
鼻息が肩に当たり、ゾクゾクとした感覚がそこから首筋を駆け上がり、頭の天辺がしびれた。
「答えは」
数秒、時が流れ、感触は無くなり、お湯が掛かる。
背中の泡が流れきるまで、それは繰り返された。
「だああ! なんだったんだよ!」
窃視せっしの罪の罰として、教えない。しばら悶々もんもんとしていて。それじゃあ私はシャワーを浴びて上がるので、もう暫く目を閉じていて」
そうして紗凪は言った通り、シャワーを浴びて出て行った。
全身から力が抜け、体操座りすら維持できずにその場にへたり込んだ。

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