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お母さんは魔王さまっ~朝薙紗凪が恋人になりたそうにこちらを見ている~

詩一

第30話 ヘッドバンギング

中津川なかつがわ駅前のバス停に着いたのはまだ5時前だった。
熟睡とはいかないにしろ、初の夜行バスに浮足立つテンションを見事に抑えて睡眠時間を確保できたことは大きい。バキバキに固まった体を軽く伸ばして席を立つ。
バスを降りると、街を色付けながら登り始めた朝日と、清々しく冷えた空気が出迎えた。
ここから駅まで暫く歩くかと思ったが、徒歩5分程度の場所に駅はあった。何せ想像より大きかったので、迷う事は無かった。
時刻表を見ると6時からしかない。あと一時間もあるのか。
取り敢えず改札を通る。
東に向かうホームの待合席に座る。
スマフォのゲームアプリを立ち上げて本日分のデイリーミッションをクリアすると、もうやることが無い。
紗凪さなぎは暇な時、思索に耽っていると言っていたな。
取り敢えず向こうに着いたら町の人に行き方を尋ねないとな。完全に山の中だもの。それで稽古場に着いたらまずお土産を良煙寺りょうえんじさんに渡して、紗凪の稽古の風景を見せて貰おう。
うん。これ思索じゃないや。ただの計画だ。
が、ぐるぐると考えを巡らせていると時間と言うのは割と早く過ぎ去るもので、始発列車が朝焼けの向こうから霧を裂きながら、規則的な音を引き連れて駅にやってきた。
俺が住む街の電車はホームに滑り込んでくると言うイメージだが、ここはそういった忙しい印象を乗客に与えないモーションである。どこか落ち着きと風情のあるホームへの進入に、癒される。
電車に乗ると、始発という事もあり、人はあまり乗っていない。
席に座って外を眺める。
徐々に列車は加速していく。
徐々に家がなくなっていく。
徐々に木が多くなっていく。
徐々に丘陵に囲まれていく。
徐々に山岳に囲まれていく。
そして降りた駅で、俺は愕然とする。
ギリギリ民家はあるものの、ほとんどが山の斜面を削って出来たような土地に建っており、ここには平野の概念は無い。
だが、驚いている場合ではない。なるべく昼過ぎ位を目安に着かなければ。
とにかく地図アプリの到着地点が指し示す方へ歩き出した。
山の入り口らしき場所に着く。そこには苔がすほど古ぼけた木の看板が設置されており、登山口と書かれている。文字もぼやけているので本当にそう書かれているかは定かではないが。
稽古場が存在する地点は、どうやらこの先にあるらしい。とは言え、登山道と言う感じもなく、ただ車一つ分の道幅がある悪路が果てしなく伸びているだけだ。
近くの民家の人に良煙寺さんのお宅を訪ねると、やはりこの道で間違っていない様であった。
「しっかしなんでまたこんなところへ?」
「友達が来ていて」
「へえ、そうなんだ。でも気を付けなよ。この時期蛇も出るし熊も出るから」
「え」
「若い、兄ちゃんの足で行っても2時間以上掛かるかなあ」
「ええ!?」
だがここで引き返すわけにもいかず、俺は覚悟を決めて歩き出した。
悪路は想像以上だった。泥濘でいねいは至る所にトラップの様に在り、石の上を歩いても滑って転びそうになった。たまに謎の水流が道路を横断しており、走り幅跳びの要領で避けて行った。
暫く歩いていると、後ろからエンジン音が聞こえてきた。
こんな悪路でも林業を営んでいる人は行かなくてはいけないのか。と言うか、それなりに人が通るなら整備すればいいのになあ。
車をやり過ごそうと路肩で立ち止まっていると、目の前で停車されてしまった。白の軽トラである。
「兄ちゃん」
「ああ、先程はどうも」
民家のおじさんだ。
「俺達これから上まで行くから、荷台で良けりゃあ乗っていきな」
「いいんですか! ありがとうございます!」
良かった。さっき話し掛けて置いて良かった。そしてこの人が優しい人で良かった。
荷物を荷台に置いて、ふと思った。
「あの、土足で上がっていいんですか?」
間を置いて、運転席と助手席から笑い声が聞こえた。
「土禁の軽トラなんて聞いたことないわ!」
「都会の人は面白い事言うね!」
ゲラゲラと爆笑は続く。
俺は耳に熱を感じながら荷台によじ登った。
「じゃあ、お願いします」
乗車直後から出発までの一瞬、俺はとてつもない一人旅感に酔いしれた。ヒッチハイクして軽トラの荷台に乗るって、凄い雰囲気あるじゃん。ヒッチハイクしてないけど。
――ガッタンッ。
突然の揺れに、ヘッドバンギングしてしまう。
軽トラの上とは言え、悪路には違いなかった。
稽古場に着くまでの数十分間、奏者の居ない会場で軽トラのエンジン音をBGMにヘッドバンギングを繰り返した。

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