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お母さんは魔王さまっ~朝薙紗凪が恋人になりたそうにこちらを見ている~

詩一

第26話 yes no

本当に生きるのに誠実な人だな。
真っ直ぐな人の隣に居るという事は、それだけで満たされた気持ちになる。自分自身までもが、誠実になれた気がして。
それにしても泣き方まで綺麗な人だよな。本人には言えまいが。
「あっ」
ふと、思い出した。大切な要件。いや、今じゃなくて良いだろうと思うが、声に出してしまったので先輩が気にしている。
無言で首を傾げ、俺の次の言葉を待っている。
「いえ、今じゃなくていいんですけど、後で写真いいですか?」
「写真? 撮らなくてはいけないのかな?」
「無理ならいいです。本当は今日ここに一緒に来たがっていた奴が居まして。来れないので代わりに写真撮って来てくれって言うもんだから」
「私の? 花火のではなく?」
「ええ、勿論花火のも……ああ!? 終わってる!」
がっくりと項垂れる。
花が散り、騒がしくなくなった池の上に、月がゆらりと浮いている。
「もしかして、その人は君の彼女さんかな?」
「いやいやいやいや! 違います!」
「でも女の子なのだな。その感じだと」
「そう、ですね」
「どうして、その子の為に私の写真が要るのだろうか? それが解れば君に写真を撮られる事はやぶさかではないのだが」
どうしたものか。理由は紗凪が嫉妬に狂う為なんだが、言って理解してもらえるだろうか。いや無理だろう。とは言え先輩に嘘を吐きたくない。
「そいつは、なぜだか良く解らないんですけど、俺の為に今頑張ってくれていて、それなのに俺はこうして呑気に遊んでいるわけですが、それでもそいつは俺を咎めずに、美人を連れて花火大会に行って来いって言ったんです。そしてその証拠写真の提出を要求されています」
律己先輩は精一杯理解しようとしてくれている。だから物凄く難しい顔をしている。変に回りくどい言い方をしても、先輩を混乱させるだけだな。
「単刀直入に申し上げますと、嫉妬したいとの事です」
刹那の間を置いてあっはっはと言う笑い声が、湿った森を抜けた。
理解と驚愕が同時に押し寄せた時、人は笑うのだろう。
「そうか。二人は恋人同士ではないのに、彼女は嫉妬したいと言って、君はそれを受け入れたのか」
「そうです。……変、ですよね」
「君らしい」
どういう意味があるのか解らなかったが、変だと言う事を暗に認められた気もする。
先輩はふうっと溜め息を吐いて、生い茂る葉を見上げた。
「この間は、すまなかったね。本当はちゃんと謝る為に、祭り会場に来たのだけれど、色々あって今の今まで謝れなかった。それに、お詫びにたこ焼きをおごる約束も反故ほごにしてしまった」
「先輩の浴衣姿を見られただけで眼福です。たこ焼きは、もうどうでもいいです」
「そうか。なら代わりに私の写真を撮ってその子に送ってあげると良い。それで勘弁してくれ」
「そうさせて頂きます」
「本当は……」
先輩は俯き、先程俺が羽織らせた上着の袖を握って交差させる。
おもむろに顔が上がり、視線が交わる。
栗色の瞳は真っ暗闇の中でも光を帯びている。一体何処に光が有るのだろうかと言うこの場所で、まるで自ら光り輝いているかのように。もしも暗夜の中迷っても、この人が居れば一人ではない事に気付けるだろう。
彼女は目を瞑り、首を横に振った。何かの迷いを断ち切る様に。
目を開け語り出す彼女には、先程までの鬱蒼うっそうとした迷いはなく、ただ只管ひたすらに笑顔が張り付いていた。これほど解りやすい作り笑いを見たのは初めてだ。
「この前、突然好きだと言ってしまっただろう? その事についても説明しなければと思っていた。あれは言葉そのままに受け止めてくれていい。私は君の……、その、か、考え方が好きなのだ。世界中全てを敵に回しても私を肯定してくれる君の考え方が。私自身から私を守ってくれる君の考えた方が」
俺の事を褒めているというのに、どうしてこの人はこんなにも悲哀に暮れた顔をするのだろう。
弦の張りつめたバロックヴァイオリン。それが言葉を放つ度に、更に張りつめて行く感覚。切れてしまうのではないかと言う不安が漂う。
「あの時の言葉はどう考えても君を勘違いさせてしまいそうだったし、誤解を解いておきたかった。君はどうか、私には気を遣わず、その、まだ恋人ではない彼女と、幸せになって欲しい」
彼女に被せたブルゾンの袖を引き寄せる。
震える瞳から視線を逸らし、手を取る。
先輩の手は震えていた。
恐らく、寒さではない何かによって。
「少し、寒いです。俺も」
「そうか」
「もう、帰りますか」
彼女は言葉を返さず、俺の肩に額を付けた。
「その羽織貸しますね。明日また、取りに行きますね」
律己先輩は肩に額を付けたまま、顔をこちらに傾ける。
ともすれば唇が当たってしまいそうな距離感で、二人は暫く見つめ合うでもなく、静寂に浮かぶ呼吸を感じ合った。

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