勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

滅亡行進曲 その10





 想定外の事ばかりで、まったく作戦通りにはいかない状態が続いた。
 しかしやっと魔法陣を設置できて、アシュインが内側から抵抗してくれたおかげで魔力渦が一時的に抑えられたことを受け、頃合いとみてシルフィは空間転移ゲートを展開した。
 瞬時光が収束してそこに現れたのは……




 ――(クリスティアーネ‼ ……それにリーゼちゃん⁉)




 クリスティアーネが来るのではと期待をしていたアシュインだったが、まさかリーゼちゃんを連れてくるとは思っていなかった。
 カスターヌ劇場はもう戦場と化している。そんな場所でさらに滅亡の核である自分がいるのだから、嫌悪される行為だ。


 しかしアシュインはそれでもクリスティアーネを信じていた。絶大な信頼を寄せている彼女が間違うはずがない。これにはある種の覚悟を持って決断した理由があるはずだ。いわゆる勝算があると。




「出番なのだわ、死霊の!」
「ぐひぃひ……い、いくよぉ! ……うぇへへえ」
「……貴様か……女神に降臨させたのは!! ……気持ち悪い魔女め!!」




 コトコに発現したフレイヤは女神降臨を実現したクリスティアーネに嫌悪していることをみれば、あれが神への叛逆行為であるとアシュインは確信した。
 そしてそれが正解へ向かっているのだという、安心感につながった。




 アイリスはクリスティアーネをお構いなしに、女神への攻撃を続ける。それに対抗してアミも時間を止めて逸らす。幾度となくそれが繰り返された。
 しかし上位魔女になりたての彼女ではもう限界に達していた。




「ク、クリスちゃん……! も、もう限界!」
「ぐひ……ア、アミちゃん……魔素回路接合スペル・バインド!! も、もちょと頑張って……」
「……うん!」




 アイリスの神剣の刃がこれ以上女神を斬り裂けば、アシュインだけが全てを背負ってこの世界から抹消される。
 人間達には神界にでも帰った、降臨が終わったなどと勝手な解釈がされていくだろうが、その真実はエネルギーのみ世界に抽出され霊魂は輪廻から外れる。
 つまり永遠の死にも満たない『消滅』してしまう。


 その事実をアイリスは知らなかった。教えられていなかった。
 『勇者の血ブラッド』、世界の滅亡の可能性と魔王の因子と変異体の関係は知っていてもその考えには至っていない。
 もしそれを話してしまうと世界よりアシュインを選ぶ可能性があったから、フレイヤが意図して黙っていたのだった。
 だからアイリスは躊躇せずに攻撃する。そしてアミがそれを必死に止める。




「はぁ……はぁ……邪魔……しないで! アーシュを殺さないと、わたしのこの呪いは消えない!! もうこれしか――」
「ぐひひ……あ、あるよ……方法」




 遮るようにクリスティアーネがアイリスの言葉に被せる。そしてこの発言をいち早く聞き取ったフレイヤは表情を変えた。




「……貴様ぁ!! ふざけるな! アイリス! 耳を貸すな!!」




 あの造物主フレイヤが、焦って取り乱している。それは彼女が知るその答えとクリスティアーネがたどり着いた答えが同じであったことの証明。


 それ・・が因果律の範囲内で起きたことなのか、それとも想定外の出来事だったのか、それはまさに神のみぞ知るところだ。
 しかしそれこそがまさに――






『二人が出会ったことで変わった歴史』














 それ・・をアイリスに知られまいと、フレイヤはクリスティアーネに襲い掛かる。肉弾戦の不得手なクリスティアーネには不利な相手だ。




「危ない!!」
「ぎゃ!!」




 ――剣先が爆ぜる。




 その範囲は直線に広い。前方の檀上下の石畳まですっぱりと斬れ、鋭い裂け目ができた。




「あぅぐううう……!!」






 後ろの延長線上にいたため、咄嗟に察知したシルフィがナナを突き飛ばした。しかしその威力に避けきれず、吹き飛ばされごろごろと転がった。




「死ね!! 死ねぇ!!」
「ぐひぃ!……短距離空間転移ゲート!! ……短距離空間転移ゲート!!」
「ちょっと! ……その方法は⁉」




 アイリスに話をさせまいと、フレイヤは連斬で遮る。その行為が逆にアイリスにはクリスティアーネの主張が正しいと確信させていた。




「……コトコ! やめなさい! ……ミル! クリスティアーネを護って!」
「わかった! はぁ!!」




 クリスティアーネに詰め寄るフレイヤの間に、ミルが高速で割り込む。そして剣の軌道を読んで横から蹴りつける。
 軌道は逸れてありえない方向からの衝撃に、彼女の手から剣が零れ落ちた。




「……邪魔するなぁ!!!!!!」
「するよ! アイリスのお願いだもん! はっ!!」




 そのまま無手になったフレイヤに連撃を繰り出す。ミルの格闘はシルフィ並みの武技にまで達し、尚且つキメラ並みの魔力を有していた。
 がつん、がつんと強烈な炸裂音が響き、稀に良いのが入った音が混じる。フレイヤの傷がだんだんと増え、流血がおびただしくなってきた。




「ミル!! 拘束するのだわ! 肉体はコトコなのだわ?」
「あ!! そだった!」
「……くそっ!! コイツも何なんだ!!」




 フレイヤがミルにひるんだ隙に、クリスティアーネはアイリスの元までたどり着いた。彼女のお腹を、そしてリーゼちゃんをちらちらと見て気になっているようだが、それより今は方法が優先だった。




「クリスティアーネ!!」
「ぐひぃ……お、おまたせ……さっきの答えは……ア、アーシュと――」




 一拍息を整える。




「――再契約……」




 それはまさに運命の悪戯か、奇跡なのか。
 アイリスとアシュインが初めに交わした『悪魔の契約』。
 それ自体に『勇者の血ブラッド』の発動を押えられるものではない。しかし契約し交わることで、浄化の因子の発動が完全に停止する。


 一方魔王の因子については、クリスティアーネは誤認していることに気がついた。彼女はあの時は未熟であったと自ら認め、近年増幅している話をきいて、研究、考察を再開していた。
 そしてあのアイリスに施した魔王の因子の摘出手術は無用で無駄なものだったという結論に至ったのだ。


 魔王の因子が日に日に増している感覚があっただろうが、アシュインと契約し、素直にあのまま彼の精を与えられ続ければ、いずれ縮小へ向かうはずだったのだ。
 残した因子の細胞核とアシュインの精子をつかった実験からも明らかだった。




――その結論に至ったからこそ、今アイリスに再契約を望んだ。






 アイリスは一旦目を閉じ、すっと息を吸って吐く。そしてゆっくりと深紅の瞳が開き、アシュインを見つめる。




「……わかった……わたし……またアーシュと契約したい!」




――それは決意。 そして覚悟。




 アシュインはその彼女の想いを受け取った。彼自身も契約を望んだ。言葉に発することも行動に移すこともできないけれど、そうなりたいと切に願う。


 しかしそれを因果律が許すはずもなく……




 無情にも女神アシュティの御力は一気に拡大した。女神を包んでいた光が膨張し、魔力渦が一気に強くなる。強引に割り込めば一瞬にズタボロにされてしまうほどに。
――その速度も決して遅くはない。




「ぐひぃ!! ……ぜ、全員 ……にげてぇ!」
「わかった! きゃぁあ!!」
「あっぐぅうううう!!」




 それは突然おきた膨張。一気に広がるそれは壇上をすべて包み込んだ。その勢いにアミ、ナナ、シルフィは退避が間に合わずに押し出され、壇上の下へと落下して床に叩きつけられた。
 リーゼちゃんを抱えたクリスティアーネはアイリスをつれて、咄嗟に転移で移動したおかげで、回避できた。しかし……




「あぅう……ぐぅう……」
「ミル!! コトコ!!」
「アミ!! 二人を回収! ナナ!は治癒するのだわ!!」
「「わかった!」」




 ミルとフレイヤは激戦中であったため、完全に逃げ遅れていた。圧縮濃度が高くなり強烈になった魔力渦にかき混ぜられ、身体は傷だらけ。
 ミルは右足を、フレイヤが使っているからだの持ち主であるコトコは左腕を引き千切られて、血が噴き出している。
 フレイヤは邪魔者でしかないが、身体はコトコのものだ。見捨てればアイリスが黙っていないとシルフィはそう判断してすぐに治癒に回す。




 あまりに突然の膨張に後手に回ってしまっていた彼女たちは、立て直しを図る中、女神に異変があった。
 何かに抗うように震え、そしてそれに伴って光の膨張が止まった。その鬩ぎ合いに、ごごごっと地響きが起きている。
 そしてその女神の様子に観客席から悲鳴のようなざわつきが大きくなった。




「ひぃいいい! 世界の……お、終わりだぁ……女神様が血の涙を……」
「女神様が嘆いていらっしゃる……!!」




――女神からはその抵抗からか、その見開き続ける瞳から血の涙が流れていた。美しく神秘的な容姿から流れる残酷ともいえる血の涙は、より一層絶望感を感じさせた。




「うぁああ……あ、アーシュちゃん!!」
「ぱぁぱ! ぱぁぱぁ!」






 その必死な抵抗みせた女神の中に、父親の魔力を感じ取ったリーゼちゃんが悲痛を訴える。
 焦りを感じざるを得なかったが、クリスティアーネは必死で考える。想定外ばかりで事前の作戦があまり役に立たないのだ。
 完全に臨機応変に対応するほかない。




「ア、アイリスちゃん……も、もう時間ない……」
「どうすれば……」
「アーシュちゃんの真下に転移させるから契約……でも覚悟が必要」
「……もう腹は決まっているわ!」




 それはこれが最後の試みであり、まさに生か死を決定付ける。失敗すれば死ぬ覚悟ではなく、ただの死ぬ覚悟が必要だ。
 覚悟は決まったが、アイリスには心残りがあった。




「……クリスティアーネ……あの時は――」




 申し訳なさそうにその言葉を紡ぎ出すと、クリスティアーネは彼女の唇に指をあてて遮る。そのアシュインを真似たような仕草に、アイリスは驚きと懐かしさを感じていた。




「ぐひ……そ、その先は……い、生きて帰れたら……ね」
「ええ! やるわ!」




 二人は頷き合い、そして立ち上がる。




「は、白銀の!! ア、アミちゃん!!」
「……ぐぅ!! 人使いが荒いのだわ!」
「行けます!」




 もはや傷だらけであったが、瀕死のミルとフレイヤをナナと一緒に治癒していたシルフィは痛々しくも憎まれ口をたたく。
 治癒はナナに任せて、アミとシルフィは駆け寄る。




そして準備は整った。クリスティアーネとシルフィが詠唱を始める。
 遠隔であらかじめ設置した魔法陣を発動させるために必要だった。魔法を完全に修めている彼女たちですら詠唱を必要とするほどに正確さが求められるのだ。
 そしてアイリスを壇上中央、アシュインの真下へと転移させる役目はアミが担う。
 二人の詠唱が終了し――。




「……白銀の!!」
「……死霊の!!」




 そう呼び合い、目で息を合せた。シルフィとクリスティアーネは手を握り……発動させた。








「「『天・地・創・造』!!」」















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