勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

滅亡行進曲 その8





「アーシュ!?――」




 そう叫ぶのさえ憚られるような状況。作戦通りシルフィによってグランディオル王国カスターヌ演劇場に召喚されたアイリスが目にしたものは……。




 最愛の人の暴走スタンピードだった。






 手を伸ばすもシルフィに腹に腕を回され強引に引き離される。以前より魔力は増え力も戻って来たし、シルフィの腕を払いのけることはできた。
 しかし目の前の脅威を目にしては、その気も失せる。




 今まで枷で押さえつけられていた凝縮された魔力が、一気に解放された。直前までは目が虚ろだったけれど自我はあった。
 シルフィの念話にも対応している様子だったし、作戦もしっかり認識していたのに、それがすべてひっくり返されるように真っ白になった。




 女神の周囲は強く発光し、舞台の床には魔法陣、そして魔力渦によって体は浮いている。その身体は髪だけではなく、全身が薄らと輝いていた。
 それは依り代に降臨した女神ではなく、女神そのものがいるような錯覚に陥る。いるだけで畏怖せざるを得ない存在だった。




「うそ……うそ……こんな……」
「我々は……なんのために戦っていたんだ……」
「まるで……あの有名な演劇と同じだ……」




 すべての恨み、欲望、そして哀しみを浄化していくようなその光に、生きるものすべてが涙している。
 状態の真実を知るシルフィやアイリスたちでさえ、心を奪われたその光景はまさに女神の具現化。




「ぐぬぅ……過ぎたる無秩序な力はいらぬ!! あれを排除しろ!! アシュリーゼだけ確保すればそれでよい!!」




 観客席まで退避したアルバトロスや紅蓮の魔女パドマ・ウィッチたち。忌々しく見つめるアルバトロスの無情な命令を遂行するものはいなかった。




「カカカ! あんたイカレている!! 神と戦えというのか!! ……いや、アミちゃんなら……アミちゃん?」




 紅蓮の魔女パドマ・ウィッチが周囲を見渡すと、居るのはベルフェゴールだけ。アミとナナの姿は近くにない。




「どこかにいったぞ?」




 何事にも不干渉であった彼のそんなところが気に入っていた紅蓮の魔女パドマ・ウィッチであったが、この時ばかりは苛立たざるを得なかった。
 彼女は舌打ちして、視線を舞台壇上中央の女神に戻した。












 一階観客席の奥側を走るアミとナナ。
 今回の依頼は紅蓮の魔女パドマ・ウィッチの補助であり、ナナの魔女入りもかかっていた。
 二人はあくまで依頼の範疇の仕事をしたら、内緒で魔王アシュリーゼを手伝うつもりでいた。




――でも聞いてしまった。




シルフィやアイリスが女神に向かって「アーシュ!!」と叫んでいたことを。走りながら、後悔を口にする。




「やっぱり女神がアーシュだったんだ!!」
「あたしたち、気づいてあげられなかった!! だから今はやれることをやろうアミ!」
「うん!」




 そして行き着いた先は、シルフィとアイリス、そしてミルが退避したアルバトロスたちがいた観客の対面側に位置する観客席の手前だ。
 混乱で周囲は女神に注目しているので、周囲を気にすることなく彼女たちに近づき声を掛けた。
 格の高い強い人たちばかりなのに、為す術なくただ女神を見つめる彼女たちに驚いた。それほどまでにあれは想定外なのだと痛感させられる。




「みんな! あれはアーシュでしょ⁉ どういうこと!」
「アミ、ナナ! 魔力暴走スタンピードを起こしているのだわ。しかしあれは……」
「なに⁉」




 シルフィが言葉を濁す……『勇者の血ブラッド』について詳細な真実を知っているのは、シルフィとクリスティアーネだけだ。それをここで言ってしまってよいか悩んだ。
 今をしのぎ切っても、彼女たちが彼を嫌悪し畏怖の対象としてしか見られなくなったら、きっと彼の心は壊れてしまう。
 そう思うと躊躇せざるを得なかった。




「いや……前はこれで失敗したのだわ……だから……話す」




 アシュインを慕う彼女たちは、いわば仲間。だというのに信じ切れずにある意味それが彼女たちより自分が愛されているのではないかと愉悦感に浸った結果が前回の失敗だ。
 だからもう失敗はしない、シルフィはそう心に強く念じた。






 すべてを話し終えると、驚愕の表情を浮かべる。そして悔いた。アシュインが何かを抱えていたのは知っていたが、それが自分への恐怖だったとは。




「……全然知らなかったよ……」
「……それなのに自分の事より、あたしたちのことを……」
「でもそれってアイリスも……」
「ミル!!」




 ミルがアイリスの何かを皆に伝えようとすると、本人から止められる。そのことで理解してしまう。ここに居るのは今でこそ離れ離れとは言え、もともと気の知れた仲だったからわからないはずがなかった。




「いまはアーシュことでしょ! あれじゃぁ近づけないわ!」
「近づけたところで手はあるの?」
「……あるのだわ」




 クリスティアーネは予想していた。アシュインが女神のまま魔王アシュリーゼになることによる、魔力異常。
 それゆえの演出込みの作戦だった。
 まさか作戦遂行する前から、枷を外しただけで暴走スタンピードは予想できていなかったが、元々クリスティアーネが用意していた魔法で事足りる。




「強引に引きずり出すから、覚悟が必要なのだわ。それに近づかなければ使えないのだわ……」
「あの……近づければいいの? もしかしたらできるかも……実は……」




 提案したのはアミだ。彼女には誰にも言っていない反魔核リバース・コアの秘密があった。それは過去の使い手ですら達していない領域。




反魔核リバース・コアは時を止められるの。制限はあるけれど……」
「「「え⁉」」」




 この緊迫した状況でも、彼女のこの話には、全員驚かされた。その突拍子もない事実にみんなは信じられずにいた。


しかし……。




「あれ? アイリスとシルフィの位置が今さっきと違う?」
「え? あれ?」
「うわ!! 気持ち悪いのだわ!」




 すぐに実践して見せた。
 すべての時が止まるので、当然魔力の流動や、渦もすべて止まる。ただし実時間の八秒間相当だけという制限がある。
 ただ女神の濃縮された魔力の渦は強力過ぎて、恐らく完全停止に至らないだろうと言う。遅く動いているようにはなるので、直接アシュインに触れなければ飲まれることはないと言う。




「あんまりやり過ぎると、一人だけ時間が経過して歳をとってしまうけれど今は魔女だから関係ないね」
「ま、負けたのだわ……」
「アミは上位魔女だからね!! えっへん!」
「なぜナナがどや顔なの?」




 久々に揃った顔ぶれで、アミの成長ぶりには愕然とすると共にどこか嬉しさがあった。この酷い状況においても何となく頼もしく思える。全員がそう感じた。




「じゃあ、作戦なのだわ。まず……」




 まず全員で魔力渦の強い中心部のぎりぎりまで近づき、そこからアミとシルフィだけ時間停止で間近まで移動。そして魔法陣を設置してアシュリーゼを残して
退避する。
 アイリスは発動の魔法を唱えたらすぐさまジオルドへ空間転移ゲート帰還をする。




「かなり危険なのだわ。 やれるのだわ?」




 説明したシルフィが訪ねると、目を瞑って思案する。ほんの数秒はじっと動かずそのまま。しばらくして再び目を開ける。強い意思を持って。






「……やるわ」
「わかった……みんな、行くのだわ……!!」
「「おおー!」」




 混乱の最中でいちいち隠匿を使う意味はないのでそのまま再び舞台の方へ向かう。もうほとんどが観客席までさがり、防衛線を張っているので、舞台に侵入したのはシルフィたちだけだ。
 何度も登った舞台だけれど、焦っているのかとても広く感じられた。舞台中央へはまだ距離がある。




――走る。




 これ以上他の勢力は手出ししてこないと思われたが、シルフィたちの様子をみて飛び道具を使ってきた。
 この世界の主な飛び道具は弓か魔法だ。そして過去に異世界から流入したと思われる銃。しかし銃は精度が悪く、老練な弓手のそれに劣る。魔法は距離によって威力が著しく落ちる。その為、どの勢力も弓を選択していた。


 しかし上位魔女や熟練の魔女は別だ。精度の高い連射できる超圧縮された魔法を放ってくる。




――走る。




「初級氷魔法連弾、数約五十!」
「あたしやるね! 反魔核の盾シールド!!」




 少し後ろを走るナナが周囲の警戒をして、指示を出す。直接戦闘能力のない彼女が買って出た癒しと索敵の役割だ。
 そしてアミが防ぐ。反魔核リバース・コアは応用が利く魔法だけあって柔軟に対応できる。
 しかし出した盾はさほど広範囲に防ぐことができないため、いくつかを討ち漏らしていた。
 数は減ったので、残りは別個シルフィが叩き落す。




「アミ、やるなら全部叩き落すのだわ!」
「ご、ごめんなさい!」




 固有の能力や魔力はシルフィよりアミのほうが数倍上であったけれど、実戦経験の差は埋められないようだった。




「今度は右方向から矢がくるよ!」
「ほいさ。石弾ストーンバレッド!!」
「うわぁ……すごい……!!」




――走る。




 今度はシルフィが無数に降り注ぐ矢を初級魔法で即座に叩き落とす。さほど攻撃力のない矢でも当たれば致命傷になる場合もある。
 彼女はそれを踏まえた魔法の選択をして見せた。




「正面! 紅蓮の魔女パドマ・ウィッチが槍で狙っている!」
「あれはヤバいのだわ!!」
「あのオバサン! 性懲りもなく生きていたんだ!! あたしがやるよ!」




 そう言って先頭に躍り出るミル。因縁があるようだった。こちら側も走っているので、あの巨大な魔力のものをもし防げなかったら一発で全滅してしまう。
 しかしミルは余裕を見せていた。


 一方紅蓮の魔女パドマ・ウィッチは構える。そして両手足に魔法陣を発動させた。さらに槍にはいつものように付与する。




「カカカ! 死ねぇ!!」




――ぱぁんと空を切る音が出る。音速という壁を越えた音だった。




 放たれた槍にさらに追い打ちで二種の魔法を追加する大技だ。追加された魔法により、槍はどんどんと加速し、その度にぱぁんと爆ぜる音をたてながら向かってきている。いつも使う大剣よりも突破力が段違いだった。
 槍は低空飛行で石の床を破壊しながら、ミルたちにどんどんと迫る。




 ミルはひるまず突進する。




「舐めるな!! 『流麗月下の舞』」




 そう言い放つ彼女は、その名のごとく踊りを舞うように流れるような動作で、突進してきた槍を包み込むように側面から触れて、幾度となく受け流すと何の音も無く反転させた。




「な、なんだ、それ!!」




 そして勢いが全く衰えないままに、紅蓮の魔女パドマ・ウィッチの方へとお返ししたのだ。奴は自らが出した最大出力の技に、再び全力で防御する羽目になった。




「ぐっ!! あぐぅううう!!」




 当然それは防ぐことができずに、逸らすことで精一杯だった。演劇場の二階席奥に当たり、貴族がいた席の周辺が崩れる。
 騎士たちが護衛していたが、対処できるわけもなく一階へと落ちていき阿鼻叫喚だ。




「やった! オバサンざまぁ!!」
「ケケケ! なんだか技は奇麗だったのに、言動が下品なのだわ!!」
「いいの! さぁ今の内に!!」




――走る。




 このまま一気にアシュインの近くまで行けると思った矢先――。


 中央壇上への階段のすぐ近くまで来たところで、反対側の階段付近に突然魔法陣ができ、白い光と共に何かが転移してきた。
 それはあまり洗練されていない粗雑な空間転移ゲートだった。


 土埃が舞い、煙で何が来たのかシルフィたちの位置からはまだ見ることができない。しかしそのうっすらと見える影には見覚えがあった。




「あれは……コトコ?」











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