勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

100万PV企画 スカラディア神生誕祭





 世界中にグランディオル王国エルランティーヌ女王陛下直々の緊急募集が発動された。
 まだまだ荒れている世において、これには激震が走る。当然ジオルド皇城に住まう彼らにも伝わってきた。




「一体なんだ⁉ まさかアシュリーゼ討伐?」
「うぇへへ……ち、違うみたい」
「ウケケ、これを見るのだわ‼」
「どれどれ?」






――スカラディア神生誕祭開催!――
 来たれ!! 世界中の芸達者よ!


 スカラディア神生誕記念日に、女王陛下の勅命により盛大な催しをすることとなりました! グランディオル王国カスターヌ演劇場にて、技術スキル自慢を催します!
 王者になれば、女王陛下から直々に賞金と褒章が授与されます。
 さぁ来たれ腕自慢!
 詩、芸、舞踊、格闘、料理などお好きな技術スキルを披露してください。


※拡声魔道具、拡大投影魔道具は標準で設置されます。


――――――――




 突然の催し物に、紙をみた面々は期待と驚きを隠せない。
 荒れている世の緩和剤になるのではないかと。もしくは政治的に何か意図があるかもしれないと邪推してしまう。


 いままでも生誕祭は毎年開催されていた。ただ各国別で開催されている上、内容もバラバラである。
 これは巨大な公演場ができたことによるところが大きい。




「おもしろそう!」
「ケケケ! 皆参加してくるはずなのだわ!」
「会えるかな!?」
「うぇへへ……め、目立たないと……あ、会えないかも……」
「よし! ボクらも参加しよう!」


「「「おおお!!」」」




 すぐにみんな飛びついた。
 ジオルドの今の立場を考えれば、誹謗中傷を受けるかもしれない。そんな一抹の不安はあるものの、久しぶりの楽しい催しにみんなは期待せざるを終えない。
 何よりみんなと会えるかもしれないことに期待していた。




 何をするのか悩んだ。
 格闘スキルを披露するのもありだが、やり過ぎる可能性は否めない。せっかくの催しであるにもかかわらず、死人が出れば台無しだ。




「アミとナナは料理で出てきそうだね!」
「そりゃ勝てない……むしろ何を作るのか楽しみだね」




 ふとアシュインは思い出す。
 超絶に上手い人が目の前にいることを。
 魔女はあのうたを必ず習うことも思い出して、シルフィと二人で歌うことまで想像した。




 ……いい!




うたにしない?」
「……え⁉」
「クリスティアーネ? 歌ってくれないかな?」
「ぐひぃ……は、恥ずかしいぃ……」
「あちもやる! うたでぶっ倒してやるのだわ!」




 何か怖いことを言いだしたシルフィ。戸惑いながらも一緒ならとクリスティアーネはシルフィの手を握る。その様子を見ていたルシェも乗り気の様だ。




「ボクが弦楽器リュエリを弾くよ!」




 ルシェは楽器の嗜みもあった。彼女のそれはまだ前魔王が魔王領を支配し、幹部以上は好きに動いていた頃のものだ。
 それでも注目を集める程には、腕前に自身があると言う。そんな彼女の多彩さはとても頼もしくあった。


 弦楽器リュエリは動物の腸を素材とした弦を弾いて、音を鳴らす楽器。
 さほど音楽が発展していないこの世界での楽器といえば弦楽器リュエリを指す。
 それも使うのは吟遊詩人ミンストレルだけなので、弾けるだけでも稀有な存在だった。


 しかしそうなるとアシュインはやることがないと、裏方に徹すると提案した。演出や手配、必要な道具をそろえることだって大変だ。




「だめ! アーシュも出るの!」
「えぇ? 裏方でみんなを支えたいのに」
「ケケケ。アーシュらしいけれど、やるなら両方なのだわ」




 シルフィらしいその無茶ぶりに、逆らえないのは相変わらず。結局アシュインもうたに加わることとなった。






 それぞれ練習や準備を始める。
 一曲とはいえ、一か月程度では時間は足りない。
 演劇を思い出したアシュインは、アミとナナに通信魔道具で連絡を取ってみることにした。
 彼女は演劇の時には監督のような役割を果たしていた。演出にも細かく指示を出していたことを考えれば適任。


 ちなみに通信魔道具の中継をしたタケオとジンは漫才をすると言っていた。その聞き慣れない『漫才』という単語に何やら危険を感じざるを得ないアシュインだった。




「……あたしたちは料理する予定なの」
「ぜったい優勝するよ!」
「あの……でも……アーシュに何かしたいから……かわりに異世界の歌を教えてあげる」
「いいね! あたしも教えられるよ!」




 紅蓮の魔女パドマ・ウィッチのもとにいる彼女たちは、奴の目を盗んでくると豪語する。
 その紅蓮の魔女パドマ・ウィッチとベルフェゴールはなんと舞踊を見せるというのだ。
 それを聞いて一掃やる気が出る面々だった。




「絶対に勝つぞ!」
「「おぉお!」」




 かくしてアシュインたちは、一か月後の生誕祭に向けて始動した。
 アミがわざわざジオルドに来てくれて、一番うまいクリスティアーネが覚える。そうすればアミが居ないときでもみんなが練習できる。


 さらにただ突っ立って歌うのではなく、少し振付を取り入れる。それによって聞いてくれる人の耳を少しでも惹きつけるのだ。


 演出も音に合わせて、魔法を使う。魔法で演出を加えれば準備するものは少なくて済む。被害が出ないように主に基本魔法による演出になる。
 氷をつかってスターダストを作る。様々な色の炎で飾る。その順番や色などを話し合う。


 ただ時折アシュインを除く面々が内緒話をしている。彼は女性同士の内緒話かとおもって特に気にしていなかった。












――一方悪魔領。




「あら? ミルとコトコ? 何しているのかしら」
「あ、アイリス! これ見てよ!」




 悪魔領、領主城の執務室ではコトコも加わり、それなりの仲になっていた。ただ文官貴族が入り込んでいるので、下手なことは言えない状態である。




「スカラディア生誕祭? 初めて聞いたわ……そこの政務官殿はご存知?」
「む?……無論だ」




 勝手な私語を話すと、止められるのであえて会話に巻き込む。そうすることでこの単純な男は顔を崩し、御目こぼしをするのだ。
 さも自慢げに、職務中とは打って変わって饒舌に説明する。




「ですから、今までは各国別で、それぞれ風土に合った催し物が行われていたのです」
「へー」
「おじさん物知り~」
「そうであろう?」




 雑な誉め言葉に、気分を良くするので扱いは楽だった。ミルもコトコもそれが日常になっているので、褒めすかすことを忘れない。
 ミルが「おじさん」呼びするという、貴族の常識からすれば考えられない事だったが、この単純な政務官だけは別だった。




「当然格闘スキルで勝負! 負ける気がしない!」
「でもあの人・・・が出てきたら……?」
「……うぐ!」




 さすがにアーシュという名を出すことはこの場では憚られた。自分の最愛の人をあの人・・・と呼ばなければならないアイリスは、その度にチクリと胸が痛んだ。


 属国とは言え、一国の長であるアイリスがそれに参加すれば目立ちすぎてしまうし、警護で隙を産んでしまう。
 彼女はミルの曇りのない闘争心を羨ましく眺めていた。




「アイリス様! 外部から空間転移ゲートによって侵入がありました!」
「友人を語り謁見を求めておりますが、いかがなさいますか?」
「名は?」
「アミとナナという者です」
「!!!!!! すぐに通して!!」




 久しぶりに聞くその名前に彼女は嬉しさ、懐かしさを覚える。そして一番大きい気持ちが罪悪感であった。
 自分の不甲斐なさから、彼女たちが出ていく羽目となってしまったのだから。それでも再び訪れてきたことを喜んだ。




「や、久しぶり!」
「あの……こんにちは」
「アミ! ナナ!」




 嬉しそうに飛びついたミル。険悪な雰囲気だった頃でもミルは懐いていた。
 彼女たちが居なくなってしまったときには、すでに学園寮で暮らしていたけれど、学園で泣きながら大荒れしたことは有名だ。
 よほどうれしかったのか、ずっと抱き着いて放さない。
 さすがにその様子を貴族たちは口を挟んでいなかったが、ずっと見せるわけにもいかないので人払いをする。




「生誕祭の通達見た?」
「丁度見ていたところよ」
「あたしはでるよ!」
「あの……アイリスは?」




 アミにそういわれて、びくっとするアイリス。さすがに陽気に参加するなんて言えないので、申し訳程度に見に行くだけにすると乗り気でない事を言う。
 実際アイリス自身は目の前の事で精一杯で、そんな気分にはなれなかったのだ。




「アイリス、詩を覚える気、ない?」
「詩? なんで?」
「……一時の夢を見よう!」




 それが何なのかを瞬時には理解できない。でもアシュインを通じてどこか繋がっていた彼女たちの絆が、それを信用させた。




「あたしにはない繋がり……うらやましいな……」




 それを見ていたコトコはとても羨望の眼差しで見つめていた。
 しかし短い期間でも、近くで見ていたコトコは理解していた。彼女がずっとつらくて重い何かを抱えていることに。
 だからアイリスにはひと時でも、楽しい夢が訪れることを願った。












――そして迎えるスカラディア神生誕祭当日。




 彼らはグランディオル王国カスターヌ町へとやってきていた。
 上位魔女のクリスティアーネの移動を隠すことは難しいため、ジオルドについている彼女とその仲間ということで、ここに来ている。


 ざわつきが耳に入って来ると、やはりジオルドが疎まれている国であることは分かった。
 クリスティアーネが居なければ、恐らく入国すら難しかったであろう。おかげで一行は、検問を難なく通り抜けることができた。










 アシュインは身なりを整え、上位魔女の従者の体で少しだけ髪型を変えるにとどめた。
 事前の調査で魔王アシュリーゼの印象が強かったせいか、アシュインの事はすでに忘れ去られていることがわかったためだ。


 シルフィ、ルシファーに関してもいつもとは違う衣装や髪型にしている。クリスティアーネはする必要がないけれど、いつぞやと同じように髪を上げている。




「クリスティアーネ、素敵だよ」
「やばいね! お腹が大きいのもなんか素敵!」
「あちだって、前はお腹が大きかったのだわ!」




 何を張り合っているのかはわからなくなるシルフィ。彼女も出産経験があるおかげで、いつでも対処できる万全の体制でやってこられた。




「んふふ~。 なんかね異世界の神様の生誕祭と被っているらしいよ。でもみんな忘れて、恋人たちの催しものになったって」
「ケケケ! なかなか粋なことなのだわ」
「うぇへへ……た、たのしぃい」
「ぱぁぱ! ぱぁぱ!」




 カスターヌの町を歩き、今日の催しを狙ってびっしりと露天商が並んでいる。普段は王都にしかいないようなお菓子の露店もあった。


 アシュインに抱かれているリーゼは、久々のお出かけにご満悦だ。
 ここ一か月は練習や準備で忙しく、アシュインに構ってもらえなくて悲しんでいたから特に上機嫌である。












 まだ早朝だけあっていくつかの露店は設営準備中である。それでももう購入できる露店もあった。




「ぱぁぱ! あえ! あえほち!」




 リーゼちゃんが指をした先をみると、ずらっと並ぶエルランティーヌ人形があった。
 目がとにかくじっとこちらを見ていて畏怖し、皆すこし目を逸らしてしまう。




「ほ、ほんとに?」
「うん! かぁいい!」
「ええ?」




 エルランティーヌ人形を仕方なく購入する羽目になったアシュイン。その恐ろしい瞳に引いている。でも何故か女性陣にエルランティーヌ人形は受け入れられていた。
 よく見るとかわいいらしい。








 会場へやってくると、演目の参加者には控室を与えられた。
 以前女王が使用したものとは違い、とても狭いものだった。それでも平民も参加するこの催しでは破格の待遇のようだ。
 観客はまだ入場できず、街中にずらっと行列を作っている。会場内の観客席はがらんとして、警備の人間が危険物の見回りなどをしている。


 参加者は直前の打ち合わせの為に呼ばれて、一連の流れを説明される。演目の順番はくじで決められ、アシュインたちは最後となった。


 演目中、リーゼちゃんを抱っこしたままとはいかないので、アミとナナが終わったら彼女たちに見てもらうことになっている。


















 いよいよ始まったスカラディア神、生誕祭。中央でミザリが司会を務めている。
 こういうことに全面に出てくる教皇は前代未聞だったが、彼女の若さか、気質が率先して参加したのだった。




『さぁ今日は無礼講! 骨の髄まで楽しむことを許可いたします!』




 エルランティーヌ女王陛下が、そう大きな声で宣言すると大歓声が上がった。この場は以前ロゼルタが殺された場所であったことから、王国民にとっても悲劇の場所だった。
 あえてこの会場を選んだのはその印象を払拭するためのようだ。




 序盤にアミとナナの料理が披露される。
 彼女たちの容姿も相まって、人気を博した。舞台中央で用意された食材で料理していく。
 料理しているのにも関わらず、巨大な円柱の白い建造物が出来上がっていく様に会場が沸き上がった。




「さぁ仕上げだよ! たぁ!」




 仕上げたものと配布するように分けていたようだ。それらを見事な包丁さばきで切り分ける。


「アミ!」
「うん! 組織的空間転移チェイン・ゲート!」




 なんとその切り分けたお菓子を、会場中に空間転移ゲートで運んだ。転移先に必要な魔法陣がすでに会場の観客席に設置されていたようで、参加者は万を超えると言うのにすべてに行きわたっている。




「「さぁ! 召し上がれ!」」




 二人は可愛らしい指でハート作る格好をした。それに会場中が揺れて多くを魅了したことは言うまでもない。


 彼女たちが作り上げたのは、ツリーケーキというお菓子らしい。その大きさたるや身長並みだ。
 切り分けたお菓子のほうも会場に届く分なので、事前に作っていたとはいえものすごい量だった。




「「「おぉおおおおお!!」」」
「おいしぃいい!! ほっぺがほちる!!」
「あまぁあい!」
「さいこぉおお!」




 そして舞台の横に審査員として鎮座している面々にも行きわたる。彼らは純粋に味を評価するように味わっている。




「これはぁ!!」
「す、素晴らしいですわ!」




 いきなり高評価を得た二人。彼女たちの可愛さと、美味しさ、そして魔法の技量に、会場はしょっぱなから度肝を抜かれたのだった。




「これヤバいね! さすがにアミとナナだ!」
「おいち もとたべゆ!」
「ほらぱぁぱのあげるよ」




 口の周りに白いクリームをべったりつけて食べているリーゼちゃんが可愛すぎて、親ばかになっているアシュインであった。
 しかしそのお菓子の甘さとは裏腹に、参加者は戦々恐々としていた。これに勝てるのかと怖気づいていたのだ。




 そしてどんどんと披露される技術スキル。人間は魔力が少ないのに、それでも様々な技術スキルを持っている。
 ある意味生活の知恵。生きていくための有効活用だ。


 それに感心していたのは魔女の面々。常に格の高い物ばかりを見てきた彼女たちにとって、刺激的なものだった。




「あまり興味なかったのに、つい興味を惹かれるのだわ」




 タケオとジンの『漫才』が思ったより受けていた。会場が笑いの渦に包まれると、こういう喜ばせ方もあるのだなと感心して見ていた。
 異世界の娯楽というものに人々の興味が集まるのも時間の問題だろう。
 紅蓮の魔女やベルフェゴールがやった演舞、それにミルが披露した格闘術。そのほかの技術スキル自慢より、『料理』や『漫才』に注目が集まっていた。




「やっぱり戦いより楽しいことだよね!」
「なるほどな」




 ルシェが言ったなにげないその一言に、すべては集約されていた。アシュインたちが身を置く世界では、娯楽という余裕はなかっただけによりそれは鮮明に感じられた。


 そして……。




「ついに来たね!」
「ぱぁぱ! ぱぁぱ!」
「がんばってねアーシュ! それに……ごにょごにょ」
「……え?」




 出場直前にアミに耳打ちされたことが、余りに衝撃が大きくてアシュインは狼狽えてしまった。
 でも無情にも出番の時間は待ってくれない。




『さぁ最後は、上位魔女、死霊の魔女ネクロ・ウィッチとジオルドの愉快な仲間たちです!』




 ジオルドを強調するあたり、若干の悪意が感じられたが、これはあえてミザリが仕掛けた賭けだった。
 彼女は新教本部を設置するジオルドが少しでも好印象になるための布教活動に利用したのだ。


 やはりジオルドの印象は悪いものだ。
 会場はどよめき、ジオルドへの不信感が募っている。アシュインたちがいた控室にもそれは届いていた。




 会場はすでに日が沈んでいるので空は真っ暗。月明かりが多少照らしているが、主な灯りは魔道具の照明に頼っている。
 観客側の灯りは落とされ、入場にさいしてそこだけ眩しい魔道具の光に照らされる。


「「「おおおぉおおお」」」
「美しい……闇夜に浮かぶ美女だ……」
「ふん……どうせジオルドだろ? 胸糞だぜ!」
「俺もジオルドは嫌いだなぁ」




 会場へ入るとより一層観客の声が聞こえて来た。


 まず入場したのはボク、そしてエスコートし、両隣にはクリスティアーネ、シルフィを携える。
 その後ろに弦楽器リュエリを持って、ルシェが付いてくる。


 舞台中央の一番高いところまでやってくると、シルフィとクリスティアーネを前に促し、アシュインは一歩後ろへと下がる。
 ルシェは淵に座り、弦楽器リュエリを構えた。


 そして予定通り魔道具の灯りは全て消される。






 クリスティアーネがすぅっと息を吸い。詩を紡ぎ出す。するとふわりと四人の身体が発光する。
 それは密かに、そして音を出さないようにそっとつかった『勇者の壁ウォール』スキルだった。


 さらにその声に合わせ、シルフィが詩を紡ぐ。


 二人の声が合わさると、会場中の観客の脳天に突き刺さった。それは耳で感じるだけではない天の歌声。
 静かな詩であるのに、余りの壮大さに心が揺さぶられた。


 その曲はこの世界にない、まったく新しいものだ。それが受け入れられるかずっと不安だった。
 それを教えたアミとナナも気が気でないようで、舞台袖で四人の様子をハラハラと見つめる。


 ただ二人の歌声は想像以上だった。練習の時からその歌唱力の高さに戸惑いを隠せなかった二人だが、会場で拡張された音に乗せられた歌声は本当に天にも昇る思いにさせる極上のものだったのだ。




「お、教えてよかった……よかったよぉ……」
「やったよ! 大成功だ!」




 そして詩は、サビに差し掛かり、後ろに控えていたアシュインも詩に参加する。それは今までの極上に水を差すことにならないかと心配になるが、そうはならなかった。
 アシュインはさほど詩の才もなかったし、魔女としての素養もない。本当に農村の出の学しかなかったが、まじめに突き進むことに置いては抜きんでている。
 人一倍練習し、枯れそうになっても無理やり治癒して練習するほどに真っ直ぐだった。
 そして『勇者の祝福ゴスペル』の効果も発揮される。
 めきめきと上達した彼は直前でやっと、彼女たちと一緒に歌えるまでになったのだ。






 そのサビに飲まれた会場は、舞台ごと一気に明るく照らされ天上の声で突き放された観客が、彼によって包み込む暖かさを得た。


 そして間奏に入ると、舞台に前へと歩いていくアシュイン。
 そこに手招きされて近寄る先には深紅の目に明るいイエローブロンドの美少女がいた。




「ボクと一緒に踊ってくれませんか?」
「ふふ……もちろん……」




 彼女の手をとるアシュインはエスコートして舞台前の中央へ行く。そこで間奏に合わせて彼女とアシュインは踊る。
 そこにダイヤモンドダストダストが舞い。二人の周囲は煌びやかな氷に包まれた。


 そして間奏が終わり、再び詩が入る。今度はアイリスも加わり四人で歌う事になる。


 そう。この仕掛け人はアミとナナだ。二人を向かい合わせることこそが最高の演出であると信じてやまなかった。
 踊る彼女の尻尾が二人の周囲に広がる。そして深紅の瞳にはうっすらと光る宝石が見えた。




「……アーシュ……」
「……アイリス……」




 そして接近する二人の中、曲は最後の一節になり再び周囲は暗くなる。最後はクリスティアーネの透き通る声でしめられた。
 ルシェの最後の弦を弾く音が鳴り終わると、会場は静寂になる。
そして……


「「「「おおおぉおおおおおおおお!!」」」」
「ジオルド! 最高じゃねぇか!」
「感動! 涙が出たわ!」




 一気に大歓声に包まれた。周囲はまだ暗く、クリスティアーネ、シルフィ、ルシェの周囲が明るく光っているだけで、アシュインとアイリスは暗闇の中だ。
 歓声が鳴りやまぬ中はそれが維持された。




 アミ、ナナ、そしてクリスティアーネ、シルフィ、ルシェはある目的があった。この暗闇こそがまさにその目的だ。
 二人だけの最高の一瞬を作る。


 それは愛し合っていながらも、うんめいに振り回され引き裂かれた二人への贈り物。
 それと同時に彼女たちなりの……




――うんめいへの叛逆であった。










 やがて観客は収まり、彼らも退場する。そして再びミザリによって生誕祭は締めくくられた。
 結果は観客と審査員をする人達を含めた投票式で集計される。集計は魔法で調べられた。


 そして結果はクリスティアーネ率いるジオルドの愉快な仲間たちがダントツだった。
 しかし彼らはそれを辞退した。
 最高の時間をくれた。これを演出したのが次点のアミとナナが最も称賛されるべきだと言う。


 斯くして全世界を巻き込んだスカラディア神生誕祭は、アミとナナという異世界人による優勝で幕を閉じたのであった。











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